総選挙の公示から一夜あけた14日朝、横浜はまた雨だった。横浜スタジアムにほど近い横浜地裁民事部の仮庁舎。傘をさした四十人の集団がぞろぞろと正門に向かって歩いてきた。午前十時から102号法廷で民事訴訟が始まった。
原告は横浜市旭区の若葉台団地に住む住民95世帯144人。被告は県住宅供給公社。第一回の口頭弁論は関心も高く、傍聴席は抽選も行なわれた。この日の主役は意見陳述した原告代表だった。食品会社で働いている。約15分間用意した文面に目を落としながら読み上げた。歯切れの良い声は法廷に力強く響いた。終わった時、額から一筋の汗が流れ落ちた。満席になった傍聴席を意識してか、裁判官は厳酷、被告双方に対して用意すべき書面のポイントをはっきりとした口調で指導した。最後に「訴訟に勝つことは、裁判官を説得することです」と述べた。きわめて異例な内容だった。閉廷まで56分かかった。
横浜地裁仮庁舎へ向かう
「住民の会」の皆さん(2000/6/14) |
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若葉台団地は、東名高速横浜町田インターに程近いニュータウンである。21年前から分譲が始まり、90ヘクタールの土地に六千世帯、二万人余りが暮らす。
昨年7月、異変が起きた。公社が売れ残りの部屋のあるマンション三棟で大幅な値下げ販売を始めた。値下げ幅は平均44.3%。既に入居していた住民の抗議行動が始まった。「住民激怒」「公社の裏切りを許せない」。13階建てマンション三棟に刺激的な文言の横断幕が張られ、のぼりが立った。住民側は今年3月後者を相手取り約十億六千万の損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。
電機メーカー勤務の会社員(39)は三LDKを五千百二十万円で買った。契約した1995年当時の相場から「高い」とは感じていた。それでも「値下げしても高く買った人には同一条件にします」という後者側の説明を信じた。緑が多く、車と歩道が完全に分離している環境が「子育てにいい」と気に入っていた。今同じ間取りの部屋が二千六百万円台で売られている。「私が買った価格との差額二千五百万円はどぶに捨てたようなもの。いまの売値よりローン残高のほうがまだ高い」
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値下げ前、後者と住民側は話し合いの場を持った。しかし、「高く買った住民に配慮する」という交渉は打ち切られ、公社は値下げ販売を決行した。住民の怒りは、値下げの幅と、公社の対応ぶりに集中した。直前に住民側は「公社の対応が不誠実だ」と県に抗議した。岡崎洋知事は「県としても誠実に対応するように指導してきたところです」と文書で回答してきた。
会社員はこの文書を見ながら、あきらめたように話す。「自ら選んだ自治体の長でさえこんな調子だから、国政となればもっともっと僕らとの距離が遠いところにあるような気がする」総選挙。自分の一票で何かが変わるとは、期待していない。原告団に加わった会社員の男性(37)はそれでも期待はあると考える。
「もしある候補が、少しでもこの問題を演説に取り上げてくれたら興味を持つかもしれない」無党派層を自認する。「自分の生活がよくなることに関心を持つのは当然。信念を持って一つの政党を支持しているわけではないので、選択肢の一つに考えるでしょう」
三棟は計三百六室のうち値下げ前には百十二室が売れた。値下げ後八十九室が売れた。依然、全体の三分の一が空家だ。「判決までには三年かかるだろう」。原稿団は覚悟している。
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