平成一二年(ワ)第一一五七号損害賠償請求事件
準 備 書 面
横浜地方裁判所第五民事部合議係 御中
原告は、以下の通り整理して主張することとする。
第一 第一期譲渡価格の不当性
原告は、平成一二年八月八日付準備書面において本件物件第一期譲渡に関する予定原価計算についての根拠資料の提出を求めたが、現在に至るも被告はこれを明らかにしない。
しかし、原告が数少ない資料を精査しただけでも被告の設定した第一期譲渡価格は、以下に明らかにするとおり、全く地価動向を無視した高値価額であったといわざるを得ない。さもなくば、被告は、いずれの譲渡価額決定においても、地価の動向を無視もしくはないがしろにして、慈意的に譲渡価額を決定していたといわざるを得ず、企共的性格を有する公社の譲渡行為としては許されないものである。
一 本件分譲住宅における土地の客観的価格の比較
本件団地の譲渡価額に対して、土地価額が与えたと考えられる影響を金額をもって試算すると、以下の通りである。
まず、変動率と地価の前年評価額と今年評価額との関係は次の通りである。
変動率=(今年評価額−前年評価額)÷前年評価額×一〇〇
従って、
今年評価額=(変動率+一〇〇)÷一〇〇×前年評価額
前年評価額=一〇〇÷(変動率+一〇〇)×今年評価額
となる。
このことによって検討すると以下の通りとなる。
二1 毎年七月一日現在において、国土庁が発表している地価の都道府県地価調査対前年変動率の推移は、別紙「販売価額に対する土地価額の影響試算」−一の通りである。(住宅地東京圏宅地)
そこで、平成七年の地価を一〇〇とすると、平成一一年は八一.七となり、一八.三パー
セント下落している。
逆に、平成一一年を一〇〇とすると平成七年は一二二.三であり、二二.三パーセント高かったことになる。
2 従って、被告が平成七年当時の譲渡価額中に占める土地価額が正当であったとするなら、別紙「販売価額に対する土地価額の影響試算」第一項@記載のとおり、平成一一年においては、それぞれ次に記載する金額について地価の下落動向を越えて、値下げ販売しているといわざるを得ない。
三二号棟の六〇四号 一、六一九.二万円
三〇号棟の五〇四号 一、六四二.六万円
三一号棟の八〇三号 一、六七一.三万円
3 逆に、平成一一年販売価額中に占める土地価額が正当であるとするなら、別紙「販売価額に対する土地価額の影響試算」第−項A記載のとおり、平成七年には、それぞれ次に記載する金額だけ地価を越えて高値販売しているといわざるを得ない。
三二号棟の六〇四号 一、九八六.八万円
三〇号棟の五〇四号 二、〇一五.五万円
三一号棟の八〇三号 二、〇五〇.八万円
三1 同様に平成一二年九月二〇日付原告準備書面添付の「公示価格年別変動率」(毎年一月一日を基準とするもの)によって検討すると、(別紙「販売価額に対する土地価額の影響試算」第2項参照)
平成七年を一〇〇とした場合、平成一一年は八三.三となり、一六.七パーセント下落しており、平成一一年を一〇〇とすると、平成七年は一二〇.〇となり、二〇.〇パーセント高かったことなる。
2 平成七年の譲渡価額中に占める土地価額が正当だとすると、平成一一年は地価動向を無視して次のとおり値下げ販売しているといわざるを得ない。(別紙「販売価額に対する土地価額の影響試算」第二項@)
三二号棟の六〇四号 一、六七三.九万円
三〇号棟の五〇四号 一、六九八.二万円
三一号棟の八〇三号 一、六七一.三万円
3 また、平成一一年販売価額中に占める土地価額が正当であるなら、平成七年は次に記載の金額だけ高値販売していたものといわざるを得ない。(別紙「販売価額に対する土地価額の影響試算」第二項A)
三二号棟の六〇四号 二、〇一〇.〇万円
三〇号棟の五〇四号 二、〇三九.二万円
三一号棟の八〇三号 二、〇七四.八万円
四 以上の検討の結果によれば、被告が平成七年に設直した譲渡価額は、冒頭に指摘したように、全く地価動向を無視した高値価額であつたといわざるを得ない。
さもなくば、被告は、いずれの譲渡価額決定においても、地価の動向を無視もしくはないがしろにして、慈意的に譲漢価額を決定していたといわざるを得ず、公共的性格を有する公社の譲渡行為としては許されないものである。
地価は、経済情勢を加味してその時々の需給関係によって決定されており、被告は平成一一年価額の正当性を主張し、その証拠として鑑定評価書を提出していることからして、平成七年当時の譲渡価額が、当時の需給関係を正当に反映していたものであるなら、当時の価額を決定した資料なり鑑定評価書を提出するべきである。
また、譲渡価額に影響した要素も明らかにすべきである。
土地基本法(第一六条等)、地価公示法(第九条等)、土地収用法(第三条三〇号等)によって、被告が土地の取得や売買を行うについては、公示地価を基準とすべきこととされていること、並びに公社法施行規則第六条の趣旨からして、漫然と「バブル経済の破綻により」と抽象的に述べるだけではなく、具体的に譲渡価額に影響を与えた内容を数値を持って明らかにされたい。
地価の下落内容は、全国の多くの鑑定士による鑑定結果を踏まえてバブル経済の破綻を読み込んだ需給関係を反映した現実の値であることを念頭に置くべきである。
第二 第一期譲渡契約と原告らの契約に至る事実経過
一 原告らは、訴状別紙取引一覧表記載の契約者であるところ、被告との間で、同一覧表契約日欄に、被告の販売する若葉台団地の同一覧表棟番号、部屋番号、間取り、登記面積、持ち分割合千分率の各戸を、同一覧表契約金額欄記載の代金で譲り受けた。
二 原告らが被告と右契約を締結した経過は、原告の平成一二年一一月一日付準備書面記載の通りであるが、その具体的な経過については、別紙一覧表記載の通りである。
別紙一覧表を見れば明らかなごとく被告による「値引き販売をしない」という言動は、原告ら大多数に対し、様々なセールストークに形を変えて示されているものであることがわかる。
同被告の説明を類型別に分類すると、以下の類型に整理できる。
1 一七期(三二号棟)を譲り受けた原告らと被告との間の譲渡契約の経緯
(一) 一八期は割高であるとの説明
(二) 値下げ不可能との説明
(三) 公社法・原価主義を論拠とした値下げ不可能との説明
(四) 三〇・三一・三二号棟は同一条件で販売するとの説明
(五) 値下がりした場合には返金する(又は値下がりした場合には対応する)との説明
2 一八期(三〇号棟)を購入した原告らと被告との間の譲渡契約の経緯
(一) 値下げは不可能であるとの説明
(二) 値下がりした場合には返金する(又は値下がりした場合には対応する)との説明
(三) 公社法・原価主義を論拠とした値下げ不可能との説明
第三 被告の責任原因
一 本件譲渡契約における説明義務違反
1 契約に伴う説明義務の存在
本件譲渡契約のうち一七期三一号棟の譲渡契約は、そもそも、平成六年三月一九日から同年四月一〇日までの積立分譲による購入申込から開始されたものである。なおこの時点では一一二戸全ての申し込みがあった。
ところが、この一一二戸のうち、入居時である翌平成七年八月の時点では七四戸しか入居してきていない。つまりこの間に購入申込は撤回されていたのである。被告はこれを購入予定者の買い替え不成立による解約と説明しているが、現実にはこの時点での住宅市場の加速度的冷え込み状態に基づくキャンセルに他ならない。
原告らは、当然に前記のような状況を憂慮していたので、今回の譲渡契約の撤回を含め検討した。しかし被告は、あくまでも三〇号棟・三一号棟・三二号棟は同一条件で譲渡すること・値下げ販売をしないことを明言していたのである(別紙一覧表参照)。
別紙一覧表からもわかるように、原告らの被告に対する問い合わせ、及びそれに対する回答と言うのは、本件譲渡代金あるいは締結自体にかかる個別具体的事項であり、明らかに本件譲渡契約締結にいたる際の重要事項に該当するものであるから、本件譲渡契約の契約内容を形成するものといわなければならない。
譲渡契約に対して、契約自由の原則が適用されるとしても、それは当事者双方が自由で合理的な意思による判断が可能であるということを前提としての話である。
契約当事者間に経済的・社会的情勢判断に関する情報収集、分析、予測能力の差が著しく、一方が実質的に優越的立場にある場合には、それを全く放置して契約する行為は合理的な自由意思による判断ということはできない。
まして、一方の実質的に優越的立場にある当事者が誤った情報や断定的判断を提供したことに起因してなされた判断は、とうてい合理的な自由意思による契約ということはできない。
契約締結を行う当事者は、それが高額の契約であればあるほど、この点に関して契約相手と自らの関係を注意し、必要な情報を伝え、あるいは誤った情報を伝えないことが重要となる。
民法の判例・学説は、民法一条の解釈を媒介として、付随義務違反の法理を発展させてきており、情報格差のある当事者間の契約において、情報を有する当事者が、相手方に情報を提供しない場合には、当事者の一方の相手方に対する情報提供義務違反を観念し、その義務違反をもって、民法四一五条の債務不履行、又は、民法七〇九条の不法行為に該当すると考え(最一判昭五五・六・五裁集民一三〇号一頁、判時九七八号四三頁、最二判平成八・一〇・二八金融法務一四六九号四九頁)、損害賠償、もしくは、契約の解除を認めてきている。
少なくとも、事業者が消費者に重要な情報を提供しない場合に、民法理論として、それが、民法四一五条の債務不履行に該当することがあることは、判例・学説を通じて認められてきている(医療契約における医師の説明義務違反を認めた最三判平七・五・三〇裁時一一四七号二頁、判時一五五三号七八頁参照)。
2 不動産販売における説明義務の存在を認めた判例
とくに不動産取引における説明義務違反を理由として解除を認めた判決として、
東京高判平二・一・二五金融商事八四五号一九頁、
東京地判平九・一・二八判時一六一九号九三頁などがある。
また、損害賠償を認めた事例として
東京高裁平成一一・九・八判例時報一七一〇号一一〇頁
東京地裁平成一〇・九・一六金融・商事判例一〇六一号三七頁
松山地裁平成一〇・五・一一判例タイムズ九九四号一八七頁
東京地裁平成九・一・二八判例時報一六一九号九三頁
など多数存在している。
3 本件における説明義務の存在と被告の違反行為
(一)本件における被告と原告らとの間には、不動産の譲渡契約及びその履行という両当事者が自覚的に設定した本来の給付をめぐる法律関係のみならず、相互に高度の信頼関係に立ち、一般人にとつて生涯所得の何割かを費やすような高額の不動産の譲渡契約を締結するにあって、相手方の権利、利益を不当に侵害することのないよう注意すべき義務(保護義務)も存在しているといえる。
そして、右保護義務の一つとして、被告は、原告らに対し、本件各物件の譲渡契約の締結を誘引し、若しくは譲渡契約を締結させるに際して、本件各物件を含む若葉台団地の販売状況(譲渡時点での売れ残りやキャンセルの状況)に関する情報を開示し、本件住宅における値下げ販売の可能性を説明すべき義務及び販売状況や販売の可能性に関する質問に対して虚偽の説明をしたり、将来的に値下げ販売をしない等の断定的な情報を提供したりしてはならない義務を負っていたというべきである。
被告の右説明義務等は、原告らと被告の間の以下のような関係から基礎付けられるものである。
(二)被告の公的立場と宅地建物取引業法の関係
被告は公社法一条に定められたとおり、通常の民間事業者とは異なる公共的存在であり、それ故に、一般の民間事業者以上の信頼を社会から得ていた。
地方住宅供給公社法は
第四七条 不動産登記法及び政令で定めるその他の法令については、政令で定めるところにより、地方公社を地方公共団体とみなして、これらの法令を準用する。
と定め、同法施行令は本則の二条一項四号で宅地建物取引業法七八条一項をその対象として定めている。
宅地建物取引業法は
第七十八条一項 この法律の規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。
と規定している。
従って、被告には宅地建物取引業法の規制は適用されないこととなる
民間事業者の場合、社員一人の個人企業であつても、宅地建物取引業法による説明義務が課せられる。宅地建物取引業法による説明義務は、民法上一般的な説明義務を、不動産取引の重大性に鑑み、特定の項目に関しては法的に義務付けたものである。
地方住宅供給公社が国や地方自治体と同視され、不動産取引に関する各種法律の規定の適用を免除されているのは、民間事業者以下の対応が許容されるということではない。
その公的性格ゆえに、当然に民間以上の公正、妥当な取引を行うことが前提としてあり、各種公租公課などが免除(地方住宅供給公社法第四六、第四七条)されたり、優先的取り扱いがなされているのである。
被告のこのような性格を考えると、宅地建物取引業法の規定が適用除外となるというのは、公的立場に関する信頼を裏切らないだけの説明義務と公正、公平な対応を行うことが前提であり、むしろ一般の不動産業者の取引に関して、重要事項説明義務などを媒介として一般的な説明義務が議論されているが、それを上回る説明義務が要求されるというべきであり、少なくとも民間の宅地建物取引業者の説明義務以下の義務しか負わないということはありえない。
(三)民間事業者と異なる価格決定システム
民間事業者の場合、国土法による規制など一部自由な価格形成が規制される場合があるが、原則としては不動産の販売価格に関して、何らの法的な規制もなされていない。
従って、購入予定者も民間事業者の不動産販売価格が市場原理の中で形成されていることは認識しているのであるあるから、特段価格の決定システムについて説明をする必要性はない。
これに対して、被告の場合、公社法による原価主義の規定が存在していることはすでにこれまで詳述しているとおりである。
このように本件譲渡価格の決定は、純粋の市場原理によらない価格決定システムにより販売価格が決定されるいわば特殊なシステムであるので、その点に関して十分かつ正確な説明を行う必要性は極めて高いというべきである。
この点本件では、特に公社法の規定によりあるいは原価主義により値下げできないという(結果的にその後の経韓と相違する)説明が販売時に繰り返しなされているのである。
(四)被告の価格への影響力
また、若葉台は被告だけが土地を所有し、一手に開発分譲を行っており、団地内には民間事業者による住宅供給はあり得ず、もっぱら被告だけが物件を独占して供給できる状況にあった。
そのため、若葉台における不動産価格は、一般の民間売買とは異なり、単に市場の動向によって変動するものではなく、被告の販売計画(販売数量、時期、価格等)により大きく影響を受ける状態にあつた。
被告としては、このような自らの価格形成に与える影響力を当然認識できたのであるから、値下げ販売等の価格形成に対する大きな影響を与える行為についての将来の行動の可能性について、適正な情報を開示すべき立場にあった。
この点においても、市場の比較競争にさらされるとともに、購入者も比較検討が容易な一般の不動産売買の場合に比べ、より重い説明義務を被告は負うべきである。
(五)不動産価格の専門性、特殊性とこれに関する知識、情報を被告らが独占していること
不動産は個性的であり、不動産の価格は地域的、社会的要因が複雑にからみあって形成されるものであるため、不動産の価格については、通常の商品のように購入予定者が容易には適正価格を知ることは困難である。
そのため一般的には不動産鑑定法に基づく鑑定という専門的な手法により決定されるということが広く行われており、被告も第二次分譲価格の設定に際してはこのような手法を採用している。
しかし第一次分譲時には被告は不動産鑑定も行っていない。(少なくとも外部には公開されていない)
被告の公的立場から、原則的には「原価」によることが公社法に定められていたことはすでに述べたとおりであるが、今に至るも被告は原価の内容を公開していない(当然販売当時には公開していない)。
従って原告らは、本件譲渡契約締結時に不動産価格に関する具体的情報を得る機会が全く与えられていなかった。
これに対して被告は、原価情報を有しているだけではなく、神奈川県における公的住宅供給の中心を担う存在として多数の各分野の専門家を有し、当該不動産の価格のみならず、その動向、将来の予測に関する専門的知識や情報を十分に有していた。
これに対し、原告らは不動産価格の動向にも疎く、不動産取引の経験も少ない平均的市民に過ぎないのであって、被告の公的な立場と専門家としての説明を信頼して取引をせざるを得ない立場にある。
この点からもまた、被告は民間事業者以上の説明義務を負うべきである。
(六)購入者にとって不動産の価格動向が持つ意味
不動産売買は、その金額が高額であることから、不動産を居住目的で購入する者にとっても、購入しようとする不動産の価格動向は、購入者の利益に係わる重要な事項であり、購入者が当該不動産の購入を決定するにあたっての重要な要素になるといえる。
(七)原告らの本件譲渡契約時の土地価格の状況
被告が本件分譲を計画し、原告らの一部が積み立てを初めた平成六年ころには、いわゆる「バブル経済」が平成三年頃までに破綻し、それまで異常に上昇していた地価が下落傾向になって、かなりその傾向が継続していた時期であった。
そして、平成六年ころには、不動産業界においては、すでにバブル時代に形成されていた地価は、投機、投資を要因とする不安定なものであり、それが破綻を来した状況では地価が今後も下落する可能性があることが認識されていた。
この状況は原告らが本件譲渡契約を締結した平成七年頃にはいっそう顕著になっていた。
(八)被告の一般的説明義務
被告は、原告らの高額な支出を伴う住宅取得という重大な利害関係に関する契約関係の当事者である。
しかも、被告は公社法一条に定められたとおり、通常の民間事業者とは異なる公共的存在であり、それ故に、一般の民間事業者以上の信頼を社会から得ており、その発言内容は、高い信用性を有していた。
更に、被告は、原価情報を有しているだけではなく、神奈川県における公的住宅供給の中心を担う存在として多数の各分野の専門家を有し、当該不動産の価格のみならず、その動向、将来の予測に関する専門的知識や情報を十分に有している反面、原告らは不動産価格の動向にも疎く、不動産取引の経験も少ない平均的市民に過ぎないのであって、被告の公的な立場と専門家としての説明を信頼して取引をせざるを得ない立場にある。
そればかりか、本件不動産販売においては、地価の動向が縦続的に低下する傾向にある状況にあって、被告は、若葉台地区における独占的供給を行い、特殊な価格決定システムを採用して物件を販売することを特に認可されていた。
このような被告としては、原告らが売買契約を締結するとの判断をするにあたり、本件取引の重要な要素である、本件住宅の販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況)、地価の動向、値下げ販売の可能性等を正確に知らせる義務があったというべきである。
しかしながら、被告は、このような販売状況に関する情報を原告らに告げることなく、販売を行った。
このような販売は、右保護義務としての説明義務に反することが明らかであるというほかにない。
(九)被告の虚偽説明回避義務違反
仮に、一般的に右のような積極的な説明義務が認められないとしても、契約関係を締結しようとする者としては、契約に関するなんらかの説明を行う以上は、その取引相手に対して、誤った情報、不正確な情報を提供したり、断定的判断を提供して、契約締結若しくは決済を勧めることは許されないというべきである。
まして虚偽の事実を告げたりしたような場合には、契約当事者による相手方の合理的判断の妨害行為というべきであり、とうてい許されるものではない。
この点に関し、被告は、公社は値下げできないと繰り返し説明し、その後の自らの法解釈を明確に否定する説明を行っているのである。
二 譲渡契約における「原価に基づく適正な価格」による譲渡義務の違反
1 既に原告の平成一二年九月二一日付準備書面第二、一で主張した通り、被告は原告らとの本件契約における譲漢契約については、「原価に基づく適正な価格」で譲渡することを契約内容としている。
しかるに、本準備書面第一、二、三で主張した通り、当時平成一一年を一〇〇とすれば、国土庁が発表している都道府県地価調査対前年変動率の推移、又は公示価格年別変動率からすれば、平成七年度は二〇パーセントから二二.三パーセントの割合で高値価格による譲渡をしていたこととなる。(因みに被告の主張は第二期譲渡は、乙一〇号証ないし一三号証に基づき新価格を算定したとの主張であるから平成一一年を一〇〇とすることに何らの矛盾はない。)
これは明らかに既述した通り市揚価格を考慮に入れた地価動向を無視した価格である。
そして、譲渡価格が「原価に基づく適正な価格」であることは原告らからすれば契約を締結するか杏かの重要な事項であるので、意思表示の重要な要素というべきであり、従って、被告が高値で譲渡したことは明らかに「原価に基づく適正な価格」で譲渡すべき義務に違反したものとして、債務不履行を構成すると共に、高値による価格を適正価格と称して原告らに譲渡した行為は明らかに不法行為をも構成するというべきである。
2 尚「原価に基づく適正な価格」が契約内容を構成していないとしても、それは、契約締結への誘因となる基礎事実である。
従って、被告が高値の価格を決直し、これを譲渡金額としたことは、前記記載の虚偽の説明を回避すべき義務に違反したものといえる。
三 著しい価格の格差を回避すべき義務違反
1 既に主張した通り平成六年からは、地価動向は下落傾向にあり現に本書面第二、二、三で主張した通り平成七年の地価を一〇〇とすれば、第二期譲渡時では一六.七パーセントから一八.三パーセントの間で下落している。ところが現実に原告らに譲渡した価格との比較からすると、三六.七パーセントから四〇.六パーセントの下落率となっている。
2 被告としては、その公共的性格を有し、本件住宅の分譲が良好な環境のもとで地域住民の住宅福祉に寄与すべきであるとする公益的立場及び本件住宅(三〇乃至三二棟)が敷地及び管理組合を共通にし、各住戸所有者は将来にわたり対等の立場でその維持管理にあたらざるを得ないこと等からすれば、住宅購入者については実質的な平等権を侵害しない細心の注意を払うべきであった。
それ故前記の通り地価動向は下落傾向にあり、さらに多くのキャンセルが出て、被告が決定した譲渡価格との比較からしてもその下落傾向はいっそう顕著となったのであるから、被告としては、取得時期による著しい不平等を回避する為、早期に減額修正して著しい価格の格差を回避すべき義務があつた。
四 価格維持義務違反
1 訴状第四、一の根拠事由及び被告の「環境を買って下さい。」との再三のセールストークにも見られる通り、被告は若葉台団地を一手に開発して、同団地の住環境を持続して維持、発展させる立湯にあつた。
即ち、本件譲渡契約は、個々人と民間事業者との一回的譲渡とは異なるのである。
よって、被告は、原告らの住環境の保全はもとより個々的な譲渡においても、前記の要請から同一ないしは類似物件については、同一価格で譲渡すべき義務があったといえる。
2(一)一方被告は、本件譲波契約を締結する迄の間、原告らに対し、平成一二年一一月一日付原告ら準備書面及び本書面第二項においても主張してきた通り、原告ら大多数に対し、被告担当者は、再三に渡り「値引き販売をしない。」との趣旨の意思を表示してきた。
そこで原告らは被告が将来、値引き販売をしないものと信じて本件譲渡契約を締結したものである。
また、この事実は、現実に大量の空家が発生した事を受け、平成一〇年一〇月に原告らは三一棟対策小委員会を結成し、原告らと被告との間で今後につき協義、交渉した際、被告が「住民の理解と協力がなければ、販売は成功しない。公団や他の公社とは異なる神奈川方式でいく。一定の措置を講じる用意がある。」と明言したことからも裏付けられるものである。
(二)それ故、被告が「値引き販売をしない。」との意思表示は、原告らと被告間の本件譲漢契約の重要な内容を占めている。
因って被告が第二期譲藻において値下げ譲漬したことは原告らと被告間の本件譲渡契約における契約上の義務違反といえる。
3 契約内容を構成しないとしても、それは平成一二年一一月一日付原告ら準備書面で主張した通り信義則上の付随義務に違反すると共に、本件準備書面第三で記載した通り本件譲渡契約における説明義務違反ないしは虚偽説明の回避義務に違反している。
又、譲渡価格については、今後値下げされた形での譲渡契約はあり得ないと原告らに誤信させ、本件譲渡契約を締結せしめたことから、不法行為上の責任も負うというべきである。
五 不法行為責任「被告の著しい価格格差の回避義務」の発生根拠
1 被告は単なる営利法人ではなく、「住宅問題に悩む勤労者に住宅を供給して住宅問題を解消し、良好な環境のもとで地域住民の住宅福祉の増進に寄与すること」目的として設立された公益法人であり(公社法第一条)、そこには公共的性格が強調されるべきこと既に述べたとおりである。
そして、右高度の公共性を有する公社の性格から、公社には住宅建設用の土地取得についての取得税及び住宅を譲渡した際の譲渡所得税を免除されている(公社法第四六条、乙第一号証)。
2 右前提のもとでは、被告は地域住民の住宅福祉の増進という観点から、被告が設定する住宅の譲渡価格については、「原価に基づく適正な価格」に基づいて決定されるべきものであり(公社法第二二条)、同一区画については先行価格が前記「原価に基づく適正な価格」を著しく逸脱した価格設定により、値下げ後の購入者の購入価格との間に購入時期による著しい価格格差を生じないようにする義務が被告に生じるものと言える。
ここにいう「原価に基づく適正な価格」は、前記被告設立の目的である地域住民の住宅福祉の増進という観点及び、当該住宅の建築原価に近隣の市場価格の動向等を総合的に勘案して決足すべきことを被告自身もその準備書面(二)において認めている点からも(同書面二頁参照)、譲渡契約時の市場価格相当額を著しくかけ離れた価格であってはならない。
即ち、前述の論述をここに要約すると、原告らの本件住宅購入当初の平成七年頃においては、被告提出の鑑定書によれば、平成一一年の鑑定価格をもって正しいものとすれば、平成七年においては、三二号棟六〇四号では実に実売価格との乖離が一九八六.八万円、三〇号棟五〇四号では二〇一五.五万円、三一号棟八〇三号では二〇五〇.八万円となり、一九〇〇万円以上の著しい市場価格との格差を生じるのである。
3(一)右のような観点からすると、購入者は通常右原価に基づく適正な価格から大きく逸脱したものではないとの信頼あるいは後日値下げにより大幅な価格格差を生じないであろうとの信頼のもとに被告である公社から住宅を購入するのであり(後日大幅な値下げ販売が予測されれば、購入者は時期を待って値下げ後に購入できるという期待をもつ)、被告である公社も住宅福祉の増進という高度の公共性をもった公益法人(客観的に適正な価格で販売する責務を負う)であることから、その供給住宅の価格設定については、本件のように近隣の住宅の市場価格の値下がりにより、申し込みのキャンセルが相次ぎ、譲渡価格も市場価格相場との間に遊離が生じ、当該設定価格のもとでは将来大幅な値下げ販売の必要性が十分に予測される場合にあっては、公社の公共性及び購入者の信頼保護の両観点から被告には、早急に価格を是正して、本件のような著しい価格格差の発生を回避すべき義務が被告に発生すべきものである。
(二)また、当然のことながら、本件のように譲渡価格を市場価格から見て著しく高額にした場合、多数のキャンセルが発生することは通常人であれば予測できるところである。
多数のキャンセルが発生した湯合、空き部屋数が多くなり、住環境としては劣悪となる。
他方、被告は、原告らに対し「環境を買って下さい。」等、あたかも良好な住環境を整備する旨のセールストークを用いてきたのであるから、当然に空き部屋の発生を回避するべく多様な物件販売手法を用する義務を負う。
かかる義務の中核をなすのが、著しい価格格差の回避義務である。
(三)購入者は、市場価格より著しく高額な物件を理由も無く購入することはあり得ない。
従って、市場価格から見て著しい価格差が生じた時点で直ちに価格是正を検討し、空室防止の観点から譲渡価格を修正する必要があり、その際に原告らに対しても減額措置を講じて不平等を是正すべきであったのである。
(四)にもかかわらず、被告は、漫然と市場価格から著しく乖離した譲渡価格を何年にも亘り設定し、全く原告らの住環境整備のため、空室減少措置をとらずにいた。
かような状況下、原告らに対する住環境整備は何年もの間、全くなされずに突如最大四四.七パーセントもの値下げ販売が強行されたのである。
被告による右無政策は、市場価格との著しい価格格差の回避義務違反に該当するものというべきであろう。
以上
販売価額に対する土地価額の影響試算
1 地価の対前年変動率推移(住宅地)(国土庁発表)によった場合
平成年 8 9 10 11 12
変動率(%) −5.0 −2.9 −4.4 −7.3 −6.7
T 平成7年を100とした場合
7 8 9 10 11 12
100.0 95.0 92.2 88.1 81.7 77.8
(−18.3%)
U 平成11年を100とした場合
7 8 9 10 11
122.3 116.2 112.8 107.8 100.0
(22.3%)
@ 平成7年の土地価額が正当だとした場合
7 11 鑑定評価額との差額
32−604 3222.0万円 2629.2万円(1619.2万円)
鑑定評価額(1010.0万円)
30−504 3274.0万円 2671.6万円(1642.6万円)
鑑定評価額(1029.0万円)
31−803 3330.0万円 2717.3万円(1671.3万円)
鑑定評価額(1046.0万円)
A 平成11年の土地価額が正当だとした場合
7 11 実売価額との差額
32−604 1235.2万円 1010.0万円(1986.8万円)
実売額(3222.0万円)
30−504 1258.5万円 1029.0万円(2015.5万円)
実売額(3274.0万円)
31−803 1279.2万円 1046.0万円(2050.8万円)
実売額(3330.0万円)
2 平成12年9月20日付準備書面添付「公示価格年別変動率」によった場合
平成年 7 8 9 10 11 12
変動率(%) −2.9 −5.0 −3.4 −3.0 −6.4 −6.8
T 平成7年を100とした場合
7 8 9 10 11
100.0 95.5 91.8 89.0 83.3
(−18.3%)
U 平成11年を100とした場合
7 8 9 10 11
120.0 114.0 110.1 106.8 100.0
(20.0%)
@ 平成7年の土地価額が正当だとした場合
7 11 鑑定評価額との差額
32−604 3222.0万円 2683.9万円(1673.9万円)
鑑定評価額(1010.0万円)
30−504 3274.0万円 2727.2万円(1698.2万円)
鑑定評価額(1029.0万円)
31−803 3330.0万円 2773.9万円(1727.9万円)
鑑定評価額(1046.0万円)
A 平成11年の土地価額が正当だとした場合
7 11 実売価額との差額
32−604 1212.0万円 1010.0万円(2010.0万円)
実売額(3222.0万円)
30−504 1234.8万円 1029.0万円(2039.2万円)
実売額(3274.0万円)
31−803 1255.2万円 1046.0万円(2074.8万円)
購入の際に被告より受けたセールストーク
(省略)
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