2002/5/08
被告側準備書面(第15回口頭弁論から)

平成12年(ワ)第1157号 損害賠償請求事件

                 準 備 書 面 (12)

横浜地方裁判所
第5民事部合議係 御中


被告準備書面(4)7頁において引用した東京地裁平成12年8月30日判決(被告住宅・都市整備公団承継人都市基盤整備公団)に対し、原告ら39名のうち27名が東京高等裁判所に控訴していたが、同裁判所により、同13年12月19日、控訴人らの請求を棄却する判決が言い渡された。
 判決は、控訴人らの原審における主張はいずれも採用できないとしたほか、控訴審において追加された2つの主張も全て退けた。


1 差額を清算する契約上の義務の成否

(1) 控訴人らの主張
    施行規則15条、17条及び公団の有する高度の公共性により、公団は、本件譲渡契約から派生する信義則上の付随義務及び契約の余後効として、同一の団地においては同一の価格体系によって各分譲住宅の譲渡対価を決定しなければならない(同一団地同一価格体系の原則)から、後に公団が先の価格体系が高額に過ぎたものと認めて新たな価格体系を適用し譲渡対価を設定した結果、明らかな不公平が生じたときは、公団は、後の価格体系に従って先の価格体系を是正し、差額が生じたとすればその差額を返還して譲渡代金を清算すべき義務があり、その差額は本件譲渡代金に本件値下げ率を乗じた金額である。

(2) 控訴裁判所の判断
    「施行規則15条1項は、原則として譲受人を公募すべき旨定めており、施行規則17条は、譲受申込者の申込戸数が募集戸数を超えるときは公平な方法により選考して譲受人を決定すべき旨定めている規定であるところ、法1条は、公団が広く国民生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的とする旨を規定しているものの、個々の国民が適切な価格で住宅を購入することまでを法の目的または公団の目的として規定しているとは解されないし、法30条1項は『公団は、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡、宅地の造成、賃貸その他の管理及び譲渡(中略)を行う場合においては、(中略)建設省令で定める基準に従って行わなければならない。』と規定し、この規定を受けて建設省令として施行規則が制定されているのであり、施行規則1条が公団の業務、出資に関する評価等に関してはこの省令の定めるところによる規定しているように、施行規則は、公団がその業務を適切に行うための基準ないし準則を定めたものであることは明らかである。そして、施行規則の内容を仔細に検討すると、その文言からも明らかなように、専ら分譲住宅の建築・内容という公団の業務遂行の具体的方法を定めているのであって、施行規則は、個々の譲受人の利益を保護したりその権利義務を規律したりする趣旨のものではなく、公団の健全な経営を維持し、その設立の目的を達成するための内部的な準則を定めたものにすぎないと解するのが相当である。したがって、施行規則に違反することは、独立行政法人としての公団の運営に対し監督責任のある関係行政機関等と公団との間において問題となりうることがあるとしても、公団と私人たる控訴人らとの間の私法上の法律関係の効力を左右するに至るものではないというべきである。
そうすると、施行規則15条1項も17条も、・・・・
同一団地同一価格体系の原則の根拠になるものとまで解することはできず、まして、公団が譲受人に対し、先に分譲した価格と後に分譲した価格との間に差額が生じた場合にその差額を返還し先の譲渡代金を清算する義務を負うことの根拠には到底なりえないものといわなければならない。」
    「加えて、公団に高度の公共性があるとしても、そのことから控訴人らが主張する同一団地同一価格体系の原則なるものが導き出される合理的な理由は明らかでなく、かつ、公団が建設し分譲する住宅団地につき同一団地同一価格体系の原則なる私法上の原則が成立していると認めるべき証拠は全く存在しないのである。」
    「分譲住宅等の価格は、基本的には不動産市況によって左右され、最終的には需要と供給を含む経済事情により決定されるものであり、公共的な使命を負う公団といえども民間の分譲住宅等の供給を含む全不動産市場の中で分譲住宅等の供給をしていく以上、不動産市況の変化に応じてその譲渡価格を定めざるを得ないことは明らかである」「売れ残りの状況次第によっては値下げ販売をしてでもその解消を目指す必要性が生じ得ることは論を待たない。それゆえに、施行規則13条は、施行規則12条1項に基づいて譲渡の対価を決定し分譲住宅を販売した後、物価その他経済事情の変動等に伴い必要があると認めるときは、建設大臣の承認を得て、一度決定した譲渡の対価を変更し、あるいは、施行規則12条1項の算定方法とは別の方法で定めることができる旨を規定しているのであり、このことは、売れ残った分譲住宅について、建設大臣の承認を得てその価格を変更(値下げ)することを容認する趣旨と解される。
以上のとおりであるから、売買契約における信義則上の付随義務として、同一団地同一価格体系の原則なるものを認めることはできないし、売買契約履行後の契約の余後効により同一団地同一価格体系の原則が導き出されると解することもできないから、控訴人らの主張は、独自の見解に基づくものといわざるを得ず、採用することができない。
したがって、公団が同一団地同一価格体系の原則を前提とする譲渡代金の清算義務を負うとは認められないから、控訴人らの控訴人に対する譲渡代金の差額についての清算義務の履行請求は理由がない。」


2 差額清算義務違反による債務不履行の成否

(1) 控訴人らの主張
    公団は、本件譲渡契約上清算義務を負っているところ、これを履行しない債務不履行がある。

(2) 控訴裁判所の判断
    「そのような清算義務が認められないことは前記1のとおりであるから、控訴人らの主張は理由がない。」


3 説明義務違反による債務不履行の成否

(1) 控訴人らの主張
@ 公団は、本件譲渡契約の締結に降し、信義則上、控訴人らに対し、再譲渡制限及び値下げ販売について具体的かつ詳細に説明する義務があるところ、これを履行しない債務不履行がある。
A 公団は将来の値下げ販売の可能性等に関する事項について説明義務を怠った

(2) 控訴裁判所の判断
    「控訴人らに配布された募集パンフレットには、・・・
譲渡契約に再譲渡制限条項が存在し止むを得ない事情がある場合に再譲渡を承諾する旨の記載があり、また、契約締結に先立ち、控訴人らに送付された本件譲渡契約書(案)にも再譲渡制限条項が存在する旨の記載があること、公団は、本件譲渡契約締結に先立ち、控訴人らに対し、『入居のご案内』と題する文書等を送付したが、その『入居後の諸手続について』の項に、・・・『公団の買戻し特約期間中及び抵当権設定期間中で止むを得ない理由により住宅の名義変更及び再譲渡をしたいときは、あらかじめご相談下さい。』と記載され、その照会先も記載されていることなどを考慮すると、控訴人らは、再譲渡制限の趣旨及び内容並びにその運用等の詳細を知ろうと思えば知ることができたということができる。しかも公団発行の『分譲住宅の再譲渡について(ご案内)』と題する文書には・・・再譲渡の手続が網羅的に記載されており・・・、この文書は、申出により希望者に交付される扱いであったから、控訴人らが希望すればこの書類の交付を受けることもできたことが認められる。
    以上の認定によれば、控訴人らが本件譲渡契約を締結するか否かを決定をする上で、再譲渡制限の存在及びその内容について最小限度必要な事項についての説明はあった
というべきであり・・・そして、控訴人らは、それを踏まえて、最終的には自らの責任において、再譲渡制限の法的意味、効果、取得する住宅等の将来の処分可能性等を判断すべきことになるのであって、公団は、それ以上に、本件譲渡契約を締結するに際し、控訴人らに対し、再譲渡制限の法的意味、効果、分譲住宅の処分可能性等を具体的かつ詳細に説明する信義則上の義務を負っているとまで解することはできない。」
A 「価格が市況に左右される商品の販売においては、商品が売れ残れば値下げの可能性があることは市場原理からいって当然のことであるし、販売事業者は、将来商品を値下げをせざるを得なくなる可能性があっても、そのことを顧客に表明すれば当初の価格での販売が困難になるため、売れ残りの事実や値下げの可能性があり得るとしても、ことさらそのことを明らかにすることなく当初の価格により販売の努力をするのであって、公団といえども民間の分譲住宅販売業者と市場が競合する以上、このような事業活動を行うのは当然のことである。しかも、控訴人らに対する本件譲渡契約の時点・・・で、分譲空家住宅につき確実に値下げ販売をすることが決まっていなかったことは明らかであるから、そのような不確かな値下げ販売の可能性についてそれを控訴人らに説明することが可能であったということはできないし、期待しがたいところであったというべきである。
したがって、公団は、本件譲渡契約の時点において、信義則上、公団の分譲住宅の値下げ販売の可能性を説明する義務を負っていたと認めることはできない。」
B 「以上のとおりであるから、公団は控訴人らに対し本件譲渡契約締結の際信義則上の説明義務を負っていたとする控訴人らの主張は、いずれも採用することができず、上記説明義務違反による損害賠償請求は理由がない。」


4 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求の成否

(1) 控訴人らの主張
    再譲渡制限は隠れたる瑕疵に当たる。

(2) 控訴裁判所の判断
    「再譲渡制限は控訴人らが取得した住宅等の隠れたる瑕疵に当たるとする上記控訴人らの主張の意味は、必ずしも明確ではないが、少なくとも、再譲渡制限は公団による値下げ販売を禁止するものであり公団もこれに拘束されるという主張は、独自の見解であり、採用することはできない。」
    「再譲渡制限条項は、もっぱら法1条の目的、すなわち、住宅事情の改善を必要とする地域において、現実に居住するための住宅を欲している者のために良好な居住性能と居住環境を有する集団住宅の供給を行う目的を実現するため、一定期間の譲渡を制限し、その期間、現実に当該分譲住宅に居住する者に限って住宅を供給することにより、法1条の目的を充足し、分譲住宅が投機の対象になることを防止すべく定められたものである。したがって、再譲渡制限条項は、再譲渡による価格の変更を禁止するものではないし、公団が不動産市況に応じて値下げ販売を行うことを禁止したり、制限したりするものでもないことは明らかであるから、値下げ販売の実施の適法性に直接の影響を及ぼすものではない。」
    「公団から住宅等を購入しようとする者が、再譲渡制限条項の存在と公団が値下げ販売をしないことを関連づけて購入するか否かを決定するとまでは通常想定しがたい」「再譲渡制限が控訴人らが本件譲渡契約により取得した住宅等の隠れたる瑕疵に当たると解することはできない」
    「したがって、取舵担保責任に基づく損害賠償請求も理由がない。」


5 不当利得返還請求の成否

(1) 控訴人らの主張
    公団は、施行規則12条1項所定の原価主義によって譲渡対価を定めるべき法律上の義務に違反し、同項によって定まる譲渡の対価を超えた金額を譲渡代金として本件譲渡契約を締結したものであり、本件譲渡代金のうち原価に基づく譲渡の対価を超える部分は無効(契約の一部無効)であり、取得しうる法律上の原因を欠くことになるから、不当利得になる。

(2) 控訴裁判所の判断
    「法1条は、・・・個々の国民が適切な価格で住宅を購入することまで規定しているとは解されず、施行規則は、・・・公団がその業務を適切に行うための基準ないし準則を定めたものであって、その各規定の文言からも明らかなように、もっぱら分譲住宅等の建築・分譲という公団の業務遂行の具体的方法を定めているにすぎず、これに違反したとしても、私人との問の法律関係の効力を左右するものではない。したがって、施行規則12条1項は、個々の譲要人の利益を保護したりその権利義務を規律したりする趣旨の規定ではなく、公団の健全な経営を維持し、その設立の目的を達成するための内部的な準則を定めたものにすぎないから、同項に違反することが公団と控訴人らの間の本件譲渡契約の効力に影響を及ぼすことはない。そうすると、仮に公団が施行規則12条1項に違反したとしても、それによって、直ちに、控訴人らが主張するように本件譲渡契約の一部が無効となるとまで解することはできない。」「また、控訴人らは、施行規則12条1項は、公団分譲住宅等の譲渡の対価について、その建設に要する費用に、当該費用のうち借入れに係る部分に係る利子の支払に必要な額、分譲事務費、貸倒れ等による損失を補てんするための引当金の額及び公租公課を加えた額、すなわち、原価を基準として定めることを義務づけ、原価主義を採用していると主張する。
しかし、施行規則12条1項は、・・・原価を基礎とし、民間分譲住宅の販売状況などの需給の変化や物価その他の経済事情の変動等も一要素として考慮しながら譲渡対価を決定することを許容する趣旨と解される。すなわち、同項は、上記原価項目を『加えた額を基準として、公団が定める。』と規定しているので、その規定文言からも明らかなように、原価は公団が譲渡の対価を決定するについての基準にとどまるものというべきであるし、同条に続く施行規則13条は、物価その他経済事情の変動等に伴い必要があると認めるときは、12条の規定にかかわらず、譲渡の対価を変更し、又は譲渡の対価を別に定めることができる旨定めているのであって、原価以外の要素を当然に加味することを許容しているのであるから、施行規則は、すべての分譲住宅等について、12条1項の規定による原価をもって譲渡の対価とすると定めているわけではない。さらに、法54条1項は、『公団は、毎事業年度、損益計算において利益を生じたときは、前事業年度から繰り越した損失をうめ、(中略)、積立金として整理しなければならない。』と規定し、公団の分譲住宅事業から利益が生じ得ることを予定しているのであって、公団が原価を上回る譲渡の対価を設定し、原価との差額を取得することがあり得る前提となっている。
    以上のような法及び施行規則の規定の趣旨に照らすと、施行規則12条1項が控訴人ら主張のような原価主義を規定したものとまで解することはできない」 「以上の次第であるから、施行規則12条1項の規定を根拠とする控訴人らの不当利得返還請求も理由がない。」


6 所有権侵害による不法行為の成否

(1) 控訴人らの主張
    再譲渡制限条項の存在により、公団の分譲住宅等は処分が制限され、再譲渡制限期間経過後も事実上譲渡は困難であるから、交換価値が成立しておらず、このような所有権に対する重大な制限には、控訴人らだけでなく売主である公団も拘束されること、公団が同種同格の物件の価格を変更して譲渡することは、価格の変更を伴う再譲渡と同価値であると考えられるから、再譲渡制限は、買主による価格の変更と売主による価格の変更を禁止していると解すべきであること、売買契約の予後効として、再譲渡制限により交換価値の成立しない本件団地のような商品の売買契約においては、当該商品の売買契約締結後に他の同種同格の商品をそれ以下の代金で売買することにより、価格の成立しない財について財産的価値を減少させることのないようにすべき売主の義務が発生していると解すべきことなどからすると、公団は、価格を下げて販売をすることはできないにもかかわらず、本件値下げ販売を行って控訴人らの住宅等の価格を低下させ、その資産価値を減少させたものであり、本件値下げ販売は控訴人らの住宅等の所有権を侵害する違法な行為である。

(2) 控訴裁判所の判断
    「再譲渡制限条項により、控訴人らが取得した住宅等の売渡しその他の譲渡処分が相当期間原則として制限されることは明らかであるが、再譲渡についての公団による承諾の要件が充たされれば再譲渡は可能であるから、原則的な制限はあるとしても、公団の分譲住宅等につき、全然交換価値が成立しないとまでいうことはできない。また、再譲渡制限条項・・・が本件譲渡契約に含まれているがゆえに公団が同種同格のタイプの売れ残り住宅等の譲渡の対価を変更して売却することが禁止されなければならない法律上の理由は明らかでなく・・・再譲渡制限条項は、公団が不動産市況に応じて値下げ販売を行うことを禁止したり制限したりするものではないし、所有権の内容である値下げ販売の実施の適法性に直接影響を及ぼすものではない。加えて、売買契約の余後効により本件団地のような価格の成立しない財について財産的価値を減少させることのないようにすべき義務が売主である公団に発生しているという控訴人らの主張は、独自の見解に過ぎない。
したがって、再譲渡制限条項の存在等を根拠として、本件値下げ販売は控訴人らの住宅等の所有権を遵法に侵害する行為に当たるとする控訴人らの主張は失当であるから、所有権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。」


7 価格決定方式違反による不法行為の成否

(1) 控訴人らの主張
    公団が施行規則12条1項の価格決定方式(原価主義)によって譲渡代金を定めるべき義務に違反して本件譲渡契約を締結したことは不法行為を構成する。

(2) 控訴裁判所の判断
    「施行規則12条1項は、個々の譲受人の利益を保護したりその権利義務を規律したりする趣旨の規定ではなく、公団の健全な経営を維持し、その設立の目的を達成するための内部的な準則を定めたものにすぎず、同項に違反することが公団と控訴人らとの間の法律関係、すなわち本件譲渡契約の効力を左右することはないから、仮に公団が同規定に違反して控訴人らと本件譲渡契約を締結したとしても、その効力には何の影響もない。また、同項は、控訴人らが主張するような原価主義を規定していると解することもできない。
    よって、本件譲渡契約の締結における公団の価格決定方式は同条項に違反する遵法なものであるとする控訴人らの損害賠償請求も理由がない。」

8 期待権侵害ないし信義則違反による不法行為の成否

(1) 控訴人らの主張
    公団が公共性を有していること、公団は、本件譲渡代金が不当に高額であったにもかかわらず、譲渡の対価は原価主義に基づくものとして控訴人らに表示したこと、抽選当選者を対象とする説明会において、出席者の質問に対し『公団は、価格設定の構造上、値下げはできないし、これまでに値下げをしたことは1度もない。』と回答し、譲受希望者に対しても販売事務所等において同様の説明をしたこと、公団の副総裁発言において、値下げが制度上できないこと及び値下げの意思のないことを改めて明言し、公団の他の団地の管理組合あて文書においても、公団の分譲住宅等の値下げはできないし、値下げはしない旨表明したこと、再譲渡制限条項によって、控訴人らから値下げによる損害回避の手段を奪ったことなどの事情の下で一方的に本件値下げ販売をしたことは、控訴人らの期待権を侵害し信義別に反するものであり、不法行為を構成する。

(2) 控訴裁判所の判断
    「譲渡の対価が必ず原価主義に基づいて決定されるべきものであるということができないこと・・・再譲渡制限条項が公団の値下げ販売の実施の適法性に直接影響を及ぼすものでないこと・・・から・・・施行規則12条1項も、再譲渡制限条項も、控訴人らが主張するような期待権を成立させる根拠にはならないし、控訴人らが主張するように公団の値下げ販売が信義則違反を構成することの根拠にならない」
    「バブル経済崩壊後の経済事情の変動によって我が国全体の不動産市況が低迷し、需要の減少に伴い不動産の価格が著しく下落したことは公知の事実であり、その影響もあって平成4年ころから公団の分譲住宅等の売れ残りが多くなり、分譲空家住宅等の存在が目立つようになっていたものであるところ・・・上記バブル経済崩壊後の不動産市況が低迷していた時期に、上記のような時点の締結に係る本件譲渡契約により公団から住宅等を買い受けた控訴人らにとって、公団が分譲住宅の値下げ販売を行うに至ったことは、全く予測不可能な事態であったとまで認めることはできない」
    「公団担当者の発言は、制度として値下げ販売を実施することは禁止されていないことを念頭に置きつつも、当時の状況においては値下げ販売を実施することが全く検討されておらず、かつ、近い将来にも値下げ販売が実施される見通しもない状況を述べたものにすぎないと解されるのであって、上記のようなバブル経済崩壊後の不動産市況を考慮すると、公団の担当者がそのような発言をし、そのことを控訴人らが信じたことから直ちに、控訴人らが主張するような期待権が成立すると解することは困難であるし、信義則違反の根拠とすることもできない」「公団の副総裁発言や公団の他の管理組合あて文書は、本件譲渡契約が締結された後の事情であって、控訴人らは、それを根拠として本件譲渡契約を締結したものではないし、公団の副総裁発言や公団の他の管理組合あて文書も、公団の当時の一般的な販売方針ないし経営姿勢を表明したにとどまり、将来、値下げ販売をしない旨を約束したとまで解することはできないから、このこともまた、期待権の発生又は信義則違反の根拠となるものではない」 「本件値下げ販売が控訴人らの期待権を侵害するものであるとか、信義則に反するものであるとかとまで認めることはできないから、そのような侵害ないし違反が不法行為に当たるとする控訴人らの損害賠償請求も理由がない。」


9 本件値下げ販売と再譲渡制限の経済的考察(新主張)

(1) 控訴人らの主張
    再譲渡制限は、常に超過需要が存在する価格での販売を前提としていること、公団が再譲渡制限付きで本件団地を分譲したことは、売出価格が市場均衡価格よりも低いところにあることとを示唆しているところ、本件においては、現実には超過需要は発生せず売れ残りが出て売出価格が市場均衡価格より高いことが判明したのであるから、その時点で当初購入者に対する売出価格を下げるか、再譲渡制限を解除して購入者が自由に売買できるようにする措置をとらなかったこと、控訴人らは、再譲渡制限が残されていることにより自由な売買を禁止されていたものであるが、公団による本件値下げ販売により、自由な売買市場で考えられる最大の損失を甘受するしか方法がないことになったこと、本件値下げ販売による価格が市場均衡価格であるとすれば、それと当初売出価格の差額を最大とする損害が確定したことになるから、本件値下げ販売による価格と当初売出価格との差額が、控訴人らの被った損害になる。

(2) 控訴裁判所の判断
    「再譲渡制限は・・・市場の超過需要を当然の前提とするものではなく、その売出価格が常に市場均衡価格よりも低いことを示唆するものでもない。・・・本件値下げ販売による価格が当然に市場均衡価格であるということはできないし、仮に、本件値下げ販売による価格が当然に市場均衡価格であったとしても、再譲渡制限が設けられた趣旨に照らすとそのことによって直ちに本件譲渡契約の再譲渡制限条項の有効性ないし妥当性を覆滅させることにはならない」「控訴人らの上記主張は、その前提において採用することができない。」


10 森田物件から見た本件値下げ販売による価格の下落(新主張)

(1) 控訴人らの主張
本件団地近傍の地価公示価格の推移に基づく推定土地単価及び減価償却による推定建物単価を合算して算出した平成7年から平成9年までの推定住宅単価の下落率(5.74%)と公団による本件値下げ率(20.4%)を対比し、本件値下げ販売により地価公示価格及び減価償却率を超えた不当は価格下落が発生し、控訴人森田昇にそれだけの損失が発生した。

(2) 控訴裁判所の判断
    「本件値下げ販売があったことそれ自体により、森田物件の価格が本件団地の平均値下げ率である20.4%まで下落したと認めることはできないし、また、本件値下げ販売がなかった場合の森田物件の価格の下落率が、地価公示価格及び減価償却率に基づく推定住宅単価の下落率と一致するとまでいうこともできない。したがって、本件値下げ販売自体により、本件値下げ率と控訴人らが森田物件について主張する推定住宅単価の下落率との差に相当する損失が控訴人森田昇に発生したとまでいうことはできないから、控訴人らの上記主張も失当といわざるを得ない。」


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