平成15年(ネ)第1634号 損害賠償請求控訴事件
被控訴人 神 奈 川 県 住 宅 供 給 公 社
原 告 準 備 書 面
平成15年4月17日
東京高等裁判所第17民事部 御中
第1 はじめに
1 原審の判決は、公社の位置付け、控訴人らが購入するに至った経過の分析さらには若葉台という団地の特殊性、物件そのものの規模等に目をつぶり単に表層的な解釈に終始した内容のものであり、事実誤認はもとより消費税等の法解釈について無理解と言わざるを得ず、明らかな法令解釈の違反が認められる。
のみならず同判決は、原告らの主張に対し、合理性のある説示がなされているとはいえず、全く説得力を欠く内容のもので到底承服できない。
2 このような判決を読むと、最初に結論ありきで、その結論に都合の良い主張のみを引用し、控訴人の主張に対しては敢えて目をつむるという消極的な姿勢であったとの感すら覚える。
そこで控訴人としては、原審での主張をそのまま維持するが、以下においては、特に公序良俗違反、原価主義との関係での価格維持義務違反、適正価格であると称しての勧誘譲渡行為の不当性を中心に詳述する。また新たに不法行為に基づく慰謝料請求を追加する。
第2 争点(1)(公序良俗違反の有無)について
1 原判決は、土地の適正価格を一律、確定的に決めることができない根拠として「区分所有建物の敷地持分権は区分所有建物と分離して処分することができない(建物の区分所有等に関する法律22条)ものであり、売買契約においてもその譲渡価格を土地部分と建物部分に分離して表示するということは一般的ではなく、敷地権付建物としてその一体としての譲渡価格を示してなされるのが通常であり、本件譲渡契約もこのようにして締結されたものである(乙第2の1及び2,第3,第27,原告A本人)。」と判示する。
しかし、土地価格、建物価格を分けて決めることが可能か否かについては、後述する通り単に建物の区分所有等に関する法律のみで解釈すべきものではない。また不動産売買契約書において土地価格と建物価格を並列的に記載する方法は一般的であり、必ずしも特殊の形態であるとは言えず、さらに消費税額の表示をする事は通常の不動産売買契約の一般的な形態であり、この消費税額を表示する、と言うことは建物価格を明示しているものにほかならない。
そして、通常の不動産売買であればいざ知らず、本件のような若葉台団地という一つの集団の団地を形成し、この団地の中にショッピングセンターや学校などの施設も備えられている団地においては、環境についての評価はその土地の価値に反映されるものであるから消費者は土地の価格に関心を示すものである。
そうであれば、控訴人らの多くは、本件物件の環境を重要視し、購入をしているものであるから、まさしく本件の土地の価値を重く見ていたのである。
このような本件事案の特殊性のもとでは、原審判決の摘示する建物の区分所有等に関する法律22条以外にも考慮すべき要素は多数存在するものであり、原審判決は短絡的な判断であると言うほか無い。
2 原審判決は「尤も、このような譲渡に際して、建物の譲渡価格についてのみ消費税が課されることから、この消費税額から逆算して消費税算定の根拠とされた建物価格を算出することができるが、このような建物価格は、上記のような幅のある評価額の範囲内で消費税額算出のために定められたものにすぎないから、これが譲渡価格のうちの建物価額分と土地価額分の割合を必ずしも一律・確定的に示すものということもできない。」と判示するが、これは明らかに消費税法の趣旨を没却した法令違反に基づく判断である。以下に理由を詳述する。
(1)土地と建物を一括して譲渡した場合、その土地の対価の額に相当する部分を次のように区分しているときは、税務上適法と認められるとされている。(租税特別措置法関係通達63(2)−3)
以下の2例のみが税法上適法と認められているのみである。
@ 建物の譲渡対価の額として相当と認められる価額を、建物および土地を一括した譲渡対価の額から控除した金額を、土地の譲渡対価の額としていること。
販売用建物の場合は、建築費の額または購入価額(付帯費用を含む)に通常の利益を加算した金額が譲渡対価として認められると言う事である。
A 土地の譲渡対価の額として相当と認められる価額を土地の譲渡対価としていること。ただし、建物および土地を一括した譲渡対価の額からその金額(土地の譲渡対価とした額)を控除した金額が建物の譲渡対価の額として相当と認められる場合に限られる。
(2)土地の価額として相当と認められるのは、近傍類地の公示価額、売買実例を参考にした価額、鑑定評価による価額の場合である。
消費税法上、建物価額が許容される額であるべき事は、上記の通りであり、本件の場合、上記@の考え方によると土地価額が2.7ないし2.5倍であったことが明らかであり(本件では土地と建物しか目的物はない)、Aの考え方によれば、相当と認められる土地の価額(実際の2.7ないし2.5分の1)であるから、残額(実際の建物価額プラス実際の土地価額の2.7ないし2.5分の1.7ないし1.5の価額)は建物価額と言わざるを得ないところ、実際には「実際の建物価額」分だけの消費税を受け取ったことにしていることとなる。
すると、実際の土地価額の2.7ないし2.5分の1.7ないし1.5に相当する価額分の消費税の脱税とならざるを得ない。
(3)原審は、消費税の納付方法・納付すべき税額計算の原則に全く無理解である。
納付すべき消費税額は、(課税売上高×0.05)−(課税仕入高×0.
05)で計算されるべきものとされている。
すなわち、(受取消費税)−(支払消費税)の額を納付すべきとされており、受取消費税にしろ、支払消費税にしろ、恣意的に決めることは禁じられている。
課税売上高は、売却益、売却損とは無関係である。
判決のように「建物価額は・・・消費税算出の為に定められたものに過ぎない」などと消費税額をまず決め、それに合わせて建物価額分(課税売上高)を定める等と言う恣意的な扱いは(上記2の許容範囲内で建物価額・土地価額の案分を決められるに過ぎない)、税法上到底認められるところではないことは明らかである。
控訴人らも、敷地持分権の時価ないし適正価格を確定的に示しているとは主張していない。
土地・建物の一括した譲渡価額が不当であり、その原因の分析として、土地と建物で構成されているのであるから、それぞれの構成要素を吟味したに過ぎない。
そして、吟味するについては、消費税法に従って適法と認められる方法によったのである。
さらに、消費税以外にも区分所有建物の売買の際における土地と建物の価格は、土地の譲渡所得税額の算定,事業用の売買の場合の償却資産としての建物価格の算定、国土法の判断における土地価格の判断基準など、社会における多くの法体系の中で分離してそれぞれの価格を決めることが求められている。
しかも、それぞれの局面において、恣意的に土地価格と建物価格を決めることが出来るというのであれば、消費税、所得税、あるいは国土法といった多くの公法的な規制や課税を恣意的に回避できることとなるのであるから、土地および建物の価格に関しては、全体としての価格の中で恣意的に配分を決められるものでないことは明らかである。
どのような取引であっても,これらの規制との関係で土地の価格,建物の価格を明確に区分しなくては販売できないのである。
3 原審判決は、「本件譲渡価格と鑑定価格との間に上記のような格 差があることをもって直ちに本件譲渡価格が適正価格を著しく逸脱していたものと断定することはできない。」というが、1万や2万 円のものではない。
本件は、土地に関して、1,000万円のものを2,700万ないし2,500万円で譲渡したという事案である(差額の1,700万ないし1,500万円は決して無視し得ない)ところ、その救済を事実上拒絶した。その感覚は全く理解に苦しむ。原判決は実態を直視せず形式論理のみである。
4 さらに原審判決は、「また、原告らがこのようにして算出した土地価額分と対比する敷地持分権の時価ないし適正価格というものも、同様に評価する者によって相当の幅があり得るものであり、原告らの指摘する甲第7、第8の鑑定書や乙第10ないし第13の鑑定書に記載された土地価格も、このような幅の中で鑑定評価人が判断した価格にすぎず、敷地持分権の時価ないし適正価格を確定的に示すものとはいえない。」と判示するが、そもそも芳賀鑑定人の鑑定手法について、被控訴人は全く反論をしていないものであり、適式に提出した反対証拠がない本件にあって芳賀鑑定(甲第7号証、甲第8号証)の結果はゆる ぎない事実として認定されなければならない。
さらに、この鑑定手法に基づき算出された適正時価についても被控訴人からは反論がないのであり、決して幅のある判断と評価すべきものではなく、訴訟手続上は証拠価値が減殺されずに認められた金額であると評価すべきなのである。
また、同判示部分に続けて原審判決は、「原告ら主張のように本件譲渡価格のうち消費税額から算出された土地価額分と上記各鑑定書から算出される平成7年における本件譲渡物件の土地価額部分の適正価格と想定される額とを比較すると前者が後者の約2.5倍ないし2.7倍という計算結果になるとしても、これをもって直ちに本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間に社会的相当性を著しく逸脱する対価的不均衡があったものということはできない。」と判示するが、そもそも原審判決は、社会的相当性を著しく逸脱する対価的不均衡の基準というものを何ら明示しておらず、また芳賀鑑定人による鑑定結果がいかなる理由によって社会的相当性を著しく逸脱する対価的不均衡に該当しないのかについての説示が全くなされておらず、極めて主観的独善的な判断であり、到底承服できないものである。
のみならず、判決の「本件譲渡物件のような不動産の売買契約における譲渡価格は、市場経済の中で需要と供給の相互関係や相場変動の影響を受け、最終的には当事者の合意によって決定されるものであるから・・・」(原判決36ページ)との理論からすれば、判決が対価的不均衡の基準をなんら明示していない以上、実態の10倍、20倍で譲渡しても当事者が合意すれば有効であるとの結論になる可能性がある。これが不合理であることは明らかである。
5 原審判決は、「本件譲渡物件の敷地権付建物としての譲渡価格全体とその適正価格との対比についても、本件譲渡価格と原告らが依頼し た不動産鑑定士が鑑定評価した平成7年当時の時価評価額(甲第7、第8)との間には、相当の格差(32棟404号室については約1813万8000円、30棟1104号については1863万9000円)があることが認められる。しかし、本件譲渡物件のような不動産の時価ないし適正価格は、その時々の需要と供給の相互関係や、周辺相場、経済情勢等に大きく影響されるものであって、必ずしも一律・確定的に判断しうるものではないから、本件譲渡価格と鑑定評価額との間に上記のような格差があることをもって直ちに本件譲渡価格が適正価格を著しく逸脱していたものと断定することはできない。」と判示するが、そもそも本件若葉台団地の売買にあたり、明確に認められるのは、被控訴人らの販売担当者によるオーバートークの存在である。
このオーバートーク故に、物件購入者である控訴人らが物件に対する相場感覚を誤り、またキャンセル待ちなどの巧みな営業手法によって需要に対する判断を誤るなどしているのであり、全ては被控訴人によって不当に作り上げられた譲渡価格を適正金額に誤信させるための数々のセールストークが打たれているのである。
従って上記判示部分が客観的事情の部分であったとしても前記セールストークを受けた購入者の心理を度外視して、単に本件譲渡物件のような不動産の時価ないし適正価格は、その時々の需要と供給の相互関係や、周辺相場、経済情勢等に大きく影響されるものであって、必ずしも一律・確定的に判断しうるものではないと判示しても何ら説得力を持つものではなく、原審判決は失当と言うほか無い。
6 原審判決が「他方で、@本件団地の第17期、第18期1次及び同2次の販売価格の平均は1平方メートルあたり約71万円であったのに対して、本件団地の第18期1次及び同2次の購入申込が行われた平成7年に本件団地が所在する横浜市内で販売されたマンションの平均価格は4468万円(1平方メートルあたり65万4000円)であってその差は1平方メートルあたり数万円であること(乙第27)、A原告らの多くは、本件譲渡物件以外の分譲マンション等とも比較検討した上で、本件譲渡物件の価格が周辺の分譲マンションの相場よりも多少高額であることを認識しながらも、本件譲渡物件の品質や環境等の種々の点を考慮して本件譲渡契約を締結していること(甲第9ないし第11、原告B本人、原告A本人、弁論の全趣旨)、さらに、B平成7年1月から11月に本件団地周辺で販売されたマンション(本件団地の所在地である横浜市旭区及び本件団地の最寄り駅の所在地である横浜市青葉区、緑区、瀬谷区内で販売された全てのマンションを最寄り駅までの交通手段を問わずに抽出したもの)の1平方メートルあたりの平均販売価格と本件団地第17期、第18期1次及び同2次の1平方メートルあたりの平均譲渡価格とを比較すると、別紙平成7年若葉台周辺マンション市場単価と題する書面の棒グラフのとおりとなること(乙第36の1ないし4,第37の1ないし5,第38の1ないし7,第39の1ないし5,第40の1ないし5,第41の1ないし11,第42の1ないし13,第43の1ないし6,第44の1ないし7,第45の1ないし7,第46の1ないし7)等からすると、当時の周辺マンションの販売価格と比較して本件譲渡価格のみが著しく高額であったということはできない。以上のとおり、本件譲渡価格が不適正な価格であったということはできず、本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間に社会的相当性を著しく逸脱するといえるような対価的不均衡が生じていたということはできない。」との判示部分も承服できない。
そもそも被控訴人は本件若葉台団地と立地条件を全く異にするマンションの販売価格を意図的に証拠提出しているのであり、同立地条件を異にするマンションの販売価格と比較検討する必要性など全く存在しない。
原審判決は対価的不均衡の基準を全く定立していない。
(1)既に述べたように、原判決が「土地の価額部分を算出して、これと想定される土地価格分の適正価格を対比することは相当とは解されない。」として、本件土地価格分が、分譲当時の土地部分の適正価格の約2.5倍であっても、直ちに本件譲渡価格が適正価格を著しく逸脱していたものと断定することはできないと判示したことが、社会通念を著しく逸脱し、妥当性を欠くことは言うまでもない。
(2)しかし、百歩譲って、原判決判示のとおり、本件住宅の譲渡価格の正当性判断において土地と建物を一体として考えるとしても、原判決の価格相当性判断は、以下に述べるように、一般の社会通念を著しく逸脱し、相当性を欠くものである。
記
@ 基礎資料選定における不当性
@)本件住宅のような集合住宅の価格設定の一般的傾向
土地付一戸建ではなく、本件住宅のような集合住宅の場合、特に交通の利便性が求められる傾向が特に顕著となる。
即ち、集合住宅の購入希望者は、土地・環境への執着と言うよりは、むしろ駅に近く、通勤等の利便性を強く求める傾向があり、その結果、マンション等の集合住宅の販売価格は、土地付一戸建住宅に比較して、最寄駅から離れれば離れる程その単位面積当たりの価格相場の下落率は著しいものとなってゆくものである。
また、集合住宅においては、最寄駅からの徒歩圏内のものとバス利用圏内のものとの間では、同じ最寄駅であっても、その価格については歴然とした格差を生じるものであることも周知の事実である。
当該事実は、被控訴人提出の乙第31号証の東戸塚駅周辺の集合 住宅において、駅から徒歩圏内のものが70.9万円/u、バス便利用8分のものが52.1万円/uとなっており、そこには3割以上の格差が生じていることも明らかである。
A)本件住宅の置かれた状況
本件住宅は、JR横浜線十日市場駅よりバス13分、バス停より徒歩11分、田園都市線青葉台駅よりバス19分、バス停より徒歩11分の場所にあり、典型的なバス便利用立地型と言える。しかも、バスを下車してから徒歩11分という条件であり、交通利便性という観点から見ると、かなり不利な条件と言える。
B)原判決が採用した比較検討用サンプル
従って、本件物件の譲渡価格の相当性を判断するに当たっては、最寄駅からバス便利用の集合住宅をサンプルとして取り上げて検討すべきであり最寄駅より数分程の徒歩圏内の集合住宅を主として取り上げても、不適切なサンプルに過ぎず、凡そ比較の対象とはなり得ない。
そして、原判決が採用した比較検討用の具体的サンプルは、横浜市全体の集合住宅に関するもので、最寄駅から徒歩圏内のものからバス便利用のものまであるが、判決書添付のグラフに垣間見る限り、最寄駅から徒歩圏内の物件が大半を占めており、バス便利用の集合住宅はごく僅かである。
更に、判決書添付のグラフに表記された集合住宅について、控訴人らはその中から本件集合住宅と同様のバス便利用のものをすべて抽出し、最寄駅・バス利用時間・バス停からの徒歩時間・販売日・平米単価等を表に現し、控訴人らは、平成13年2月26日付準備書面(12)において、その集計結果を主張した。
その集計結果は、横浜市全体の集合住宅の平均平米価格(最寄駅からの徒歩圏内のものも含む)が65万円であったのに対し、横浜市内バス利用の集合住宅の平均平米価格は56.6万円(すべてのバス便利用のもの(一覧表(1))、本件集合住宅のようにバス利用10分以上のものに限定すれば、平均平米価格は56.0万円となる)であった。
上記価格算定は、控訴人らが恣意的に行ったものではなく、被控訴人公社が抽出した資料の中からバス便利用のもの(本件集合住宅と同種の性格を有するもの)をすべて抽出しデータ化したもので、公正かつ客観的な資料に依拠するものである。
然るに、原判決は、そのほとんどが徒歩圏内のもので占められている被控訴人公社提出のデータを鵜呑みにし、横浜市全体の集合住宅の平均平米単価を65万円と認定し、控訴人らによる横浜市内のバス便利用の集合住宅(新築)の平均平米単価が約56万円であるとの主張に全く触れなかった。このように、原判決は、本件集合住宅の譲渡価格(平米単価71万円)の相当性の判断において、本件集合住宅と比較して、平米単価が著しく高額となる最寄駅から徒歩圏内のデータが大半を占める被控訴人公社提出の資料に安易に依拠し、本件集合住宅の適正価格の判断において最も重要な役割を占める最寄駅からバス便利用の横浜市内の集合住宅被控訴人公社提出の証拠資料からの集計結果及びそれに関する控訴人らの主張を敢えて黙殺したものであり、そこには基礎資料の限定に関する重大な誤りがあるのみならず、控訴人らの基礎資料限定に関する重要な主張に関する重大な判断の脱漏・理由不備の違法があるというべきである。
しかも、上記バス便利用のデータのほとんどは、都心直結路線の沿線に位置しており、若葉台と同じ横浜線沿線の横浜小机パークホームズは51.5万円/uであり、これに基づけば、若葉台団地の適正相場の標準額は51.5万円/uとなる(乙31−3、NO.83)。
A 正しい基礎データからの本件集合住宅の譲渡価格の相当性
@)原判決は、本件集合住宅の譲渡価格(平米単価71万円)が、横浜市内の新築分譲マンションの平均平米単価が約65万円であることに比較して著しく不相当とはいえない旨判示している。
A)しかし、上記横浜市内の当時の新築分譲マンションの平均価格のサンプルの採用の仕方が、本件集合住宅が最寄駅からバス便で10分以上(しかも、都心直結ではない)という不利な条件であることに照らし、著しく不適切であり、中には相鉄線二俣川駅直結のマンションまで引き合いに出している(甲第4号証)であり、バス便利用の集合住宅に限定した新築の集合住宅で都心に直結しない路線沿線の平均平米単価は51.5万円程度に過ぎない。
B)上記51.5万円の適正相場を考えると、本件集合住宅の譲渡価格71万円は、51.5万円の適正相場に比較して37.8%も高い価格で譲渡していることになる。
これを78uの平均的な住戸にあてはめて考えると、
56万円×0.378×78≒1,518万円
もの高額の価格で販売されているのであり、これをもってすれば適正価格を著しく逸脱した価格で譲渡されているというべきである。
この点を無視した原判決は、事実誤認・理由不備のそしりを免れない。
7 原審判決は「確かに、後記3のとおり、原告らの中には、被告の販売担当者から値下げ販売はできないとか、値下げした場合には遡及措置を請じるとかの説明を受けた者もおり、これらの発言は事後の客観的状況に照らすと不正確であって適切さを欠くものであったことは否定できないが、被告は平成11年7月の本件値下げ販売に至るまでの間に売れ残り物件の販売を促進するために様々な方策(頭金後払い制度,賃貸化,社宅化,部分分譲等)を検討していた(甲第10,第15,第16,原告B本人,原告A本人,弁論の全趣旨)ことからすると、少なくとも原告らが本件譲渡契約を締結した平成7年3月25日から平成9年7月7日までの間に、本件値下げ販売を実施することが既に決定されていたと認めることはできず、被告の販売担当者が当時の状況から明らかに真実に反することを述べたとまでは認定することができない。」と判示する。
しかし、この暴利行為の判断にあたっては、原審判決が基準として定立する「暴利性の有無については、給付とその反対給付との間の客観的な対価的不均衡と行為者の主観的事情をあわせて考慮し判断すべきである」ところ、上記判示部分は、明らかに行為者の主観的事情についてしか判断しておらず(原審は公序良俗を判断するについて客観的事情と主観的事情を単に並列的に解釈しており、前述したとおり客観的事実に対応した主観面はどうであったかと言うような体系的な解釈(主観面と客観面の相関関係)がなされておらず、実態を把握するにはきわめて不十分な論理構成である)、全く判断として不十分であり到底承服できるものではない。
そもそも事実と異なることを告げられた場合、意思表示の受け手は、行為者の主観的事情にかかわらず、事実誤認をする。
この事実誤認の程度が著しく、対価的不均衡が生じた場合の比較考量として行為者の主観的事情のみを検討するのではなく、受け手の誤認の程度も充分に考慮して判断すべきである。
そして、本件では、若干の割高感を抱いていた購入者である控訴人らが分譲契約を締結した理由は、原判決が判示するようなセールストークを被控訴人担当者が行ったからである。このようなセールストークの前提となる機関決定が被控訴人においてなされていなかったのであれば、それこそ担当者の悪意以外の何ものでもなくであり、自ずと被控訴人自身も民法第715条責任を負うべきものとなる。
また、通常の民間のマンション分譲の場合にも売れ残り物件が生じた場合の遡及措置などの方策は講じていることから、控訴人らも被控訴人担当者の無責任な発言に不信感を持つこともなく信じて分譲契約を締結した者もいれば、逆に値崩れを起こさないために値引き販売をしないと言われれば、資産価値は護られると判断して分譲契約を締結した者もいるのである。
このような事実及びセールストークの主体が公共的な団体である公社であることに鑑みれば、被控訴人のセールストークを控訴人が信じることについて控訴人に全く落ち度は存在しないと言うべきである。そしてこの事実誤認の状況を考えただけでも、原審が対価的不均衡が生じた場合の比較考量として公社の担当者の主観的事情のみを一方的に取り上げ判断する手法が不当であることは火を見るよりも明らかであり、原審判断は失当である。
第2 ユニット論と国土法,土地基本法違反の判断
1 原審判決は、区分所有建物の譲渡価格については、一体として譲渡価格が決定され、土地部分と建物部分に分離して判断するのは相当ではないと判断している。
その上で、一体としての譲渡価格が適正価格を著しく逸脱していたものと断定することは出来ないと判断している。 (原判決27ページ)
その上で、本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間には、社会的相当性を著しく逸脱するといえるような対価的不均衡が生じていなかったとして、国土法および土地基本法の理念に反するという主張を否定している。(原判決30ページ)
2 そもそも一体としての本件譲渡価格が妥当であったかという点については前記したとおりであるが、仮に区分所有建物の価格について土地と建物部分を一体として取引価格として判断するのが一般的には相当であるとしても、それが直ちに国土法や土地基本法との関係においても、土地価格に関する妥当性の判断を行わないで良いという理由にはならない。
3 国土法あるいは土地基本法における、取引に対する規制や社会的理念はもっぱら土地取引に関するものであり、土地の取引価格が社会的に妥当か否かを判断するものであり、原審において控訴人が主張したように、本来であれば本件取引が国土法の届け出対象となった場合に問題となったのは、土地建物一体としての価格ではなく土地の価格であった。
これは国土法の届け出事項が
「第十五条 前条第一項の許可を受けようとする者は、次の事項を記載した申請書を、国土交通省令で定めるところにより、申請に係る土地が所在する市町村の長を経由して、都道府県知事に提出しなければならない。
一 当事者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
二 土地に関する権利の移転又は設定に係る土地の所在及び面積
三 移転又は設定に係る土地に関する権利の種別及び内容
四 土地に関する権利の移転又は設定の予定対価の額
・・・・・・・・・」
と、土地建物一体としての価格ではなく、土地価格を届け出事項としていることからも明らかである。
従って、被控訴人の行為が国土法、土地基本法の理念に反しているかいないかは、まさに土地価格を公示地価と比較することによって判断すべきであり、土地建物一体とした価格についてのみ判断して、土地価格についての妥当性の判断を行わないで、国土法、土地基本法の理念に反しているか否かを判断することは明らかに誤りと言うべきである。
4 なお、消費税額から逆算した建物(土地)価格は消費税算出のために定められたものだという原審の消費税に関する理解が、消費税法の規定に反していることは既に述べた通りであり、消費税以外の法体系にも反することは第2の2の(3)で述べたとおりである。
5 原審判決は、このような法体系の中で区分所有建物の場合でも、土地と建物の価格を販売者が自由には決められないという社会的制約があることを考慮せず、販売者が恣意的に土地と建物価格を決められると判断した点において、明かな判断の誤りがある。
第3 争点(2)(価格維持義務違反)について
1 原価主義に関する判断の誤り
原審判決は、地方住宅供給公社法および同施行規則に定められた原価主義について、内部的な準則であり、地方公社と私人の間の法律関係の内容や効果を規律するものではない、と判断した。
原審は、原価は、譲渡の対価を決定するに当たっての基準にとどまる、原価以外の要素を加味することを許容している、原価をもって譲渡の対価とすべき旨を規定しているものではないとして、本件譲渡価格について具体的な原価との関係に関する判断を一切行わなかった。
もちろんこれは、具体的な原価に関する主張立証を被控訴人が一切行わなかった結果でもあるが、原審において、控訴人は、当初より一貫して被控訴人に対して、本件分譲住宅に係る原価の公開を要求したが、被控訴人はこれに一切応じてこなかったし、原審も原価を公開させる訴訟指揮を行わなかった。
2 行政法規による原価主義の規定を準用した高裁判決と判断を回避した原審判決
行政法規において、原価主義がうたわれている場合、その法律の下で定められる分譲価格や公共料金に関して、原価主義は単なる内部的な準則として、司法審査の対象としないという原審の判断は、法治主義の元における司法審査を放棄するものであり、到底認められない。
原価主義の適用が問題とされた水道料金の値上げを巡る行政訴訟において、東京高等裁判所平成14年10月22日判決(判例時報1806号3ページ)は、水道法、地方公営企業法に規定する原価主義の規定は、これによることが出来ない個別具体的な合理的事由がある場合を除いて適用されるべきであり、料金の違法性の判断に際しては原価にかかる数値を審査対象として、原価主義に照らしての具体的判断を行っている。
原価主義の規定の行政法規体系の元の制度においては、これを私法的な判断基準としては適用されないとして、この点に関する判断を回避した原審の判断は、地方住宅供給公社法および同施行規則の解釈を誤り、また上記高裁判決に違反するものである。
3 水道料金と分譲料金に関する原価主義の規定
原価主義に関する水道法、地方公営企業法の規定は
水道法
第14条 水道事業者は、料金、給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について、供給規程を定めなければならない。
2 前項の供給規程は、次の各号に掲げる要件に適合するものでなければならない。
一 料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであること。
地方公営企業法
第21条 地方公共団体は、地方公営企業の給付について料金を徴収することができる。
2 前項の料金は、公正妥当なものでなければならず、かつ、能率的な経営の下における適正な原価を基礎とし、地方公営企業の健全な運営を確保することができるものでなければならない。
という規定であり,地方住宅供給公社法施行規則では
第6条 積立分譲住宅の譲渡の対価は、近傍同種の住宅の価額と均衡を失しないよう、地方公社が定める。ただし、これにより難い特別の事情があると認められる場合には、積立分譲住宅の建設に要した費用及び事務費等を基準として定めることができる。
というものであり、いずれにしても原価主義といいつつも、価格設定主体に裁量の余地を認めた規定という点においては共通している。
当該判決は、簡易水道に関して、水道法、地方公営企業法の原価主 義の規定が直接適用されないとしつつ、立法事実や法の趣旨から、個別具体的に準用できない合理的事由がある場合を除いて、原価主義の規定が準用されると判断している。
その上で、原価にかかる数値を具体的に分析し、具体的に定められた水道料金が適正な原価に贈らして公正妥当であるか否かを検討し、総括原価との関係では公正妥当といえると判断しつつ、個別原価との関係では結果的に合理的な範囲を超えているとして、違法な価格設定であると判断している。
このような原価主義に関しての柔軟な判断の余地を認めつつ、法治主義の下、裁量範囲を逸脱した行為については違法性の判断を行うという高裁判決の考え方こそ、行政や公社などの強度の公共性を持った主体が、原価主義という規定を入れた法規の下で行動した結果たる価格設定について、司法が判断する姿勢として妥当なものというべきである。
4 原価主義が、まさに原価そのままを譲渡価格と定めるべきであるというものとすれば、それは現実的ではない。
しかし、上記高裁判決に見られるように、原価主義の制度の下では、実際の原価を基準として、合理的な範囲で価格が定められているのであれば、それは法の趣旨を逸脱しないというべきであるが、合理的な範囲を逸脱して価格が定められている場合には、違法な価格設定となるというべきである。
行政あるいはそれに準ずる公社の行為に関しては、行政法規に適合していることを立証すべき義務は行政側にあるし、現実の原価については当事者たる行政や公社でないと知り得ないし、資料もすべて行政、公社側に存在している。
従って、挙証責任からも、証拠への距離からも、いずれにせよ設定された価格が原価を元にして合理的な範囲内にあるか否かを判断するためには、原価に関する主張立証を価格設定主体たる行政、公社に行わせ、その妥当性を判断するべきである。
原審は、原価主義を個別譲渡価格設定に適用されないと誤って判断したところから、被控訴人が原価に関する主張立証を一切行わなかったにもかかわらず、これに対して適切な訴訟指揮をなすこともなく、何ら原価と分譲価格との具体的検討を行なっていないのである。
このような原審の判断は、地方住宅供給公社法の解釈を誤り、また判例に違反するものであり、破棄されるべきものである。
控訴審においては、被控訴人より、本件分譲に係る原価の資料を提出させ、原価主義に関する合理性を逸脱した価格設定でないかどうか、具体的に判断を行うべきである。
5 なお、公序良俗違反における適正価格からの逸脱、対価的不均衡等について適切な判断を行うことも、原価に関する資料の公開なくしては行えないのであり、この点においても原価に関する資料の提出は不可欠である。
第4 被控訴人の不法行為(争点(3)説明義務違反)について
1 原審は虚偽の説明回避義務について
「本件譲渡契約についての交渉をおこなっていた際に値下げをしないか等と質問した原告らの多くに対し、被告の販売担当者や販売部長が、別紙セールストーク一覧表記載のように「被告は値下げ販売をすることができない。」との説明をし、また、「値下げ販売した場合には対応措置をとる。」旨の説明をした」
と認定しつつ、これに対し
「これらの説明は事後の客観的状況に照らすと不正確であり適切を欠くものであったことは否定できないが」
「被告が平成11年7月の本件値下げ販売に至るまでの間に売れ残り物件の販売を促進し、値下げ販売の自体を回避するためのさまざまな方策(頭金後払い制度、賃貸化、社宅化、部分分譲等)を検討しており、少なくとも原告らが本件譲渡契約を締結した平成7年3月25日から平成9年7月7日までの間に、本件値下げ販売を実施することが既に決定されていたと認めることはできない以上、被告の販売担当者らが当時の状況から真実に反する虚偽の説明をおこなったとまでは認定することができない」
「本件分譲住宅を何とか当初の価格で完売しようというその時点での被告の営業方針を担当者が認識していた限度で述べたものであって、勧誘文言の域を超えて不法行為や債務不履行を構成するような断定的判断の提供があったということもできない。」(原審判決35ページ)
とする。
2 そもそも、原審の事実認定として、被控訴人のセールストークは、「値下げ販売をすることができない」との説明をした等という穏当なトークではなく、現実になされたセールストークは
「公社法があって値下げはできません」
「値下げは絶対にない」
「公社は民間とは違って値下げは一切しない」
と言う極めて断定的なものであったのであり、この点については、被控訴人自身も認めており当事者間で争いのない事実である。
また、その説明状況としても、たんに販売担当者との間で説明の際 になされた等というものではなく、現実に申し込みから本契約の間に市場の悪化、キャンセルの発生等、完売の見込みが立たなくなった状況での、かつ控訴人らがキャンセルすべきか否かの決断を迫られている状況での、説明、引止めの交渉のセールストークであり(原告陳述書)、この事実は前述したとおり極めて重要な事実である。
なお、これらの点については、一切被控訴人は反論をしていないのである。
それにもかかわらず、原審は上記の判断をしているのであり、ここでも重大な事実誤認がある。
原審は、被控訴人が売残り物件の販売促進方策をとったことを理由にしているが、これは単に当たり前のことを被控訴人が、控訴人ら以外の人間に対してしているだけで、担当者の断定的な交渉方法に対する控訴人らの心理状況にはなんら言及しておらず、表面的な理由付けでしかなく、被控訴人の販売担当者らのセールストークをなんら正当化するものではない。
3 むしろ原審が言うように適正価格は最終的には当事者の合意によると言うのであれば、その前提として上記のような客観的状況について被控訴人は誠実に事実を述べるべきであり、それによって初めて自由意志による合意も可能であったというべきである。
原審認定のように、本件でなされた被控訴人らの販売担当者のセールストークが、単に「担当者の認識」にすぎないのであれば、あくまで「担当者の認識としては」ないしは「私の考えとしては、値下げは絶対にないと思う」という趣旨の説明をすべきだったのである。
4 本件譲渡契約の際、正確かつ適正な説明がなされていれば、控訴人らは本件譲渡契約を締結していないのである。控訴人らは選択の自由を奪われ、適正な価格の不動産を購入する機会、本件物件について言うならば値下げされた本件物件を購入する機会を奪われたのである。
被控訴人は、当然に正確適正な説明をすれば、譲渡契約がキャンセルとなることが、予見できたからこそ上記のようなセールストークを行ったのである。そして、その結果、本件分譲契約が控訴人ら一般市民にとって生涯最大の買い物になるであろうこと、1000万円も低額で同程度の住宅を購入する機会を失わることとなるのは容易に予見できたのである。
そうであれば、被控訴人には、信義則上、控訴人らに対し、正確かつ適正な説明をし、控訴人らに本件分譲契約締結について、適切、自由に判断させるべき注意義務(虚偽の説明をしない義務)があったのにもかかわらず、これを怠り、著しい高額な値付けをし、それを無理やり販売するために、不正確かつ不適切なセールストーク(虚偽の説明)を行い、控訴人らに本件分譲契約を締結せしめたことで、控訴人らに訴状記載の損害を与えたものである。
さらに原判決は「譲渡価格についての説明義務について」の判断理由で「本件訴訟物件と本件譲渡価格との間に、社会的相当性を著しく逸脱すると言えるような対価的不均衡が生じていたということは・・・」と説示している。
然しながら公序良俗違反の無効な場合には、著しい逸脱がひとつの根拠事実となると考えられるが、不法行為の場合には、必ずしも社会的相当性を著しく逸脱しない場合であっても社会的に見て一定の相当性を欠いている行為については、不法行為を構成するものである。
それゆえに仮に土地価格が著しく対価的不均衡を生じさせていないとしても、不動産であることを考えた場合、適正価格の2.5倍ないし2.7倍の価格は社会的相当性を欠いた不均衡な価格と言うことができる。そして本件においては価格が社会的に見て重要な要素であることは明らかと言うべきであるから、被控訴人がこの点について事実を明らかにすることなく適正価格と称して譲渡行為を行ったことは、原審で公序良俗において主張した主観的事情をも加味して総合的(相関的)に考えた場合、少なくとも控訴人らが一部として主張している損害賠償の範囲で不法行為を構成するものである。
第5 説明義務違反による慰謝料請求について(新主張)
1 被控訴人の果たすべき説明義務については、前記第4と同じ。
2 被控訴人の説明義務違反により、控訴人らは、著しく高額な不動産を購入することとなり、またその結果、従前の謳い文句であった良好な住環境とは程遠い、数年にもわたり空き部屋の多い公団に居住させられ、さらに同一物件を、自己のおよそ半値で購入した住民と同居せしめられ、多大な精神的苦痛を負った。
この精神的苦痛を慰謝せしめるにこれを金銭に見積もれば、控訴人一人当たり金1000万円は下らない。
以上
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