当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
訴訟物の価格 金一〇億五九二五万
貼用印紙額 金三二三万七、六〇〇円
損害賠償請求事件
一、被告は原告らに対し、別紙請求債権一覧表記載の金員及びこれに対する本訴状送達日の翌日から支払済みに至る迄年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
一 原告らの地位
原告らは現在若葉台団地と呼ばれる大規模団地の住民で、別紙取引一覧表(以下、「一覧表」と言う。)記載の積立分譲住宅(以下、「分譲住宅」と言う。)の所有者である。
二 被告の地位
1 被告は,住宅の不足の著しい地域において住宅を必要としている勤労者の資金を受け入れ、他の資金とあわせて活用して、これらの者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する住宅を供給し、住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として(地方住宅供給公社法第一条)、神奈川県が設立団体となり、神奈川県、横浜市、川崎市が出資して地方住宅供給公社法に基づいて設立された特殊法人である。
2 そのため被告は、株式会社、有限会社等の営利法人とは異なり、住宅問題に悩む勤労者に住宅を供給して住宅問題を解消し、良好な環境のもとで地域住民の住宅福祉の増進に寄与すること、すなわち「環境共生」を意図して設立され、特に公共的性格が強調される法人である。
三 原告らと被告の間の分譲住宅譲渡契約の締結
原告らは被告との間で一覧表記載の「契約日」欄記載の日時に一覧表の「譲渡金額」欄記載の金額で分譲住宅の譲渡契約(以下、「本件契約」と言う。)を締結した。
一 譲渡価格の決定ー原価主義の原則
1 原価主義の採用
本件契約の価格決定については、前記被告の強度の公共的性格に鑑み、私企業のように需給バランスに基づき自由に分譲住宅の価格決定ができるというものではなく、譲受人に対して良質な住宅を適正な価格で公平平等な取扱で譲渡するとの趣旨から、所謂原価主義(地方住宅供給公社法施行規則(以下、「施行規則」と言う。)第六条1項)に基づき決定すべきものとされている。
2 原価主義の内容
右原価主義に基づく価格とは、分譲住宅の建設費、分譲住宅の建設に要した資金の利息又は利息に相当する金額、分譲事務費、さらには空家等が生じる場合の損失を補填するための引当金及び公租公課を合計した金額(施行規則第六条1項)をいうものである。
そして、被告は右原価を基準として分譲住宅の譲渡価格を決定すべきものである。
二 譲渡制限規定の存在
1 右施行規則は、前記原価主義を遵守するものとし、右原価主義に基づく価格決定が正当なものであることを明確にするのみならず、譲渡後においても原価主義に基づく価格を維持する趣旨から、施行規則第七条1項において、譲受人が譲渡契約に基づき取得した財産(分譲住宅)の自由な処分を制限するものとして、つぎのように規定している。
2 すなわち、施行規則第七条1項は、原告らと被告が締結する譲渡契約においては、 「譲渡の対価の支払いが完了するまでの間(積立分譲住宅の引渡の日から五年以内に支払いを完了した場合は五年間)は、当該積立分譲住宅に関する所有権、質権、使用貸借による権利又は賃借権、その他の使用及び収益を目的とする権利の設定又は移転については、あらかじめ地方(住宅供給)公社の承諾を受けること」を契約の内容としなければならないとの、所謂譲渡制限規定を設けている。
3 そして、本件契約の内容においても、右施行規則の規定を受けて、同趣旨の譲渡制限規定が設けられている。
一 被告の原告への譲渡行為の経過
1 譲渡行為の時期
原告らと被告との間で譲渡契約を締結し、その所有物件を譲受した時期は、一覧表記載の「契約日」欄記載の日時であり、概ね平成七年から平成九年にかけてである。
2 譲渡時期における社会経済事情及び原告らの対応
(1)社会経済事情
ところで、右原告らへの譲渡時期は、所謂バブル経済が破綻して、景気も低迷を続け、不動産の時価相場も下落傾向にあり、現に民間不動産販売業者は戸建住宅のみならず集合住宅についても軒並分譲価格を値下げして販売していた時期である。
(2)原告らの関心及び対応
そこで、原告らとしては、@後日に被告が値下げして譲渡しないか、A将来そのような事態が起こり得ないか、B万一値下げによる譲渡が実施されたときは、一部マンション業者の行っている値下分の補填措置がありうるか等について大きな関心を抱いており、現に原告らの一部は、右関心事項に関し、被告に質問を行っている。
3 被告の対応と原告らとの本件契約の締結
(1)被告の対応
しかるに被告は、原告らに対しては無論のこと物件の購入予定者の質 問に対しても「公社は民間とは異なり、販売に際しては、原価主義を採用しているので値下げしての販売はできない。」、「公社の規定によると公社の販売物件は一度決定した価格を変えることはできない。」等の説明を再三にわたって行い、被告が決定した価格で取得することを勧めた。
(2)本件契約の締結
原告らとしては、右被告の「値下げしての販売はできない。」、「一度決定した価格を変えることはできない。」との説明について、公益性公共性を有する行政機関たる公社による再三の説明・明言であることから、将来値下げによる譲渡が行われることは全くあり得ないものと信頼し、前記「契約日」欄記載の日時に被告との間で譲渡契約(以下、「第一期譲渡」と言う。)を締結した。
二 新たな価格設定による同一タイプないし類似物件の譲渡
1 大幅な値下譲渡の開始
(1)ところが被告は、原告らが原価主義により決定された価格で受給した物件と同一タイプないしは類似の物件について、平成一一年七月一〇日より平均値下率四四・三八パーセント
(最大値下率四四・六パーセント、最少値下率四三・三パーセント)という大幅な値下率で新に譲渡(以下、「第二期譲渡」と言う。)を開始した。
(2)右大幅な値下による譲渡につき被告の意図するところは、経済事情の変化により市場価格との間で落差があることを指摘し、特別の事情(施行規則第六条2項)があるものとするものであるが、被告は原告らに譲渡した価格と同一の価格で、今後譲渡する意思のないことを明言している。
2 大幅な値下による譲渡に伴う損失に対する公的資金による補填
(1)そして、被告が行う譲渡は、原価主義を原則とすることからすれば、今般被告が右特別事情を理由として原価を下廻った価格で譲渡したことにより、被告は当然原価に対する値下率相当額に対応する損失を生じることになり、その損失を補填することとなる。
(2)右損失の補填については、被告が神奈川県を設立団体として設立された特殊法人であり、しかも、出資者が神奈川県、横浜市、川崎市であることからすれば、その補填に充当すべき財源は公的資金すなわち県税、市税等にほかならない。
一 本件契約における債務不履行責任
1 契約内容の一般的解釈基準
本件契約に限らず、契約一般の解釈基準としては、いたずらに契約書の文理にとらわれることなく、規範的、合目的的に解釈すべきであることは明らかである。そして、特に本件のように原告らは、若葉台団地の良好な環境のもとに生活の本居を備えようとする一市民であるのに対し、被告は住宅の譲渡を専門とする組織性を有する特殊法人で、しかも情報量、機動力において原告らとの間で格段の格差が認められ、加えて、被告による譲渡の趣旨が、営利法人である民間業者による分譲住宅の販売と異なり、「住宅の確保に悩む一般市民の住宅問題を解消する」という被告の設立目的の実現のための住宅政策の一環であることに鑑みれば本件契約内容の解釈については、より一層規範的解釈及び合目的的解釈が要請されるべきものである。
2 本件契約内容の解釈について
(1)前記原価主義の規定及び譲渡制限規定の趣旨からの合目的的解釈
ところで前記のとおり、施行規則は第六条1項において原価主義の原則を定め、これを遵守すべきものとし、第七条1項において契約締結後における原価主義維持の観点から五年間の譲渡制限規定を設けている。
(2)本件契約の規範内容について
従って、前記原価主義及び譲渡制限を定めた施行規則の両規定の趣旨に照らして、本件契約の規範内容を解釈すれば、本件契約は、原告ら被告双方に「契約締結から少なくとも五年間は原、被告双方とも原価主義によって定められた価格を遵守、維持すべし。」という義務が定められていると解釈すべきである。
(3)前記規範内容設定の根拠
けだし、もし原価主義について原・被告双方に遵守・維持義務がないとすれば、原告ら又は被告は自由に値上げ又は値下げした価格での譲渡が可能となり、右施行規則の両規定の趣旨と正に抵触し、自由な価格設定により、同一タイプないし類似の物件の価格差を生じさせることになるからである。
すなわち、被告が原告らに譲渡した譲渡価格を被告の自由意思によって若葉台団地のように著しく下げた金額で同一タイプないしは類似物件 を他に譲渡するとすれば、若葉台団地のように近隣に同種の団地のない大規模団地にあっては右値下げされた価格が相場を形成し、原告らが取得した物件は右値下げ価格を超えて処分することは事実上不可能となる結果をもたらすこととなり、そうであれば、住宅政策の趣旨は没却されてしまうところとなるからである。
このような意味からしても、本件契約の規範的意味内容を前記のように解釈することこそが、営利法人とは異なり、公平性・公益性を有し購入者を実質的に公平に扱うべき(地方住宅供給公社法及び施行規則が敢えて「供給」という概念を用いているのは、このような意味を包含している。)特殊法人である被告の実施する譲渡契約の目的にかなったものといえる。
3 本件契約の前記規範内容違反の効果
それ故、被告が本件契約から五年以内に原告らが譲渡を受けたと同一の物件タイプないし類似物件につき、原価主義に著しく違背し、実質的に公平性を損なうような譲渡を行なった
場合には、契約内容である原価主義の遵守・維持義務の違反となり、その場合には、第一期譲渡価格と第二期譲渡価格の差額相当分の金額についての損害賠償請求権が原告らに発生することとなる。
4 本件への当てはめ
(1)しかるに被告は、本件契約から五年以内である平成一一年七月一〇日から前記値下率で第二期譲渡を開始した。
(2)右被告の行為は明らかに前記本件契約の原価主義遵守・維持義務に違反したものであり、原告らは右被告の債務不履行により第一期譲渡価格と第二期譲渡価格の差額相当金額の損害賠償請求権を取得することとな る。
二 不法行為責任(著しい価格格差の回避義務違反)
1 被告の著しい価格格差の回避義務
(1)前述のように被告は、営利法人とは異なり、住宅問題に悩む勤労者に住宅を供給して住宅問題を解消し、良好な環境のもとで地域住民の住宅福祉の増進に寄与すること、すなわち「環境共生」を意図して設立された法人であって、それ故、公共的性格が強調された法人であり、その業務内容たる分譲住宅の供給は単なる私的な住宅の販売ではなく前記目的のための住宅政策の一環としての性格を有する。
しかも譲渡価格の決定については、民間企業による住宅の販売と異なり、受給バランスによる自由な決定は許されず原価主義の遵守・維持義務が課せられ、特別事情に基づく値下譲渡の場合にはその損失補填の財源としては公的資金が予定されている。
(2)従って、右事情に鑑みれば、被告には譲受人を実質的に公平に扱うべき義務が課せられていることは明らかであり(原告らについては、平等に扱われるべき権利がある。)、その結果、被告には譲受人の譲渡時期によって著しい価格格差が発生することを回避する義務が課せられているというべきである。
(3)しかも、本件譲渡時期である平成七年から平成九年にかけては、不動産価格の下落傾向が持続していた時期であり、原価主義を維持すれば将来大量の売れ残りが出ることを、被告において十分に予測できたものといえる。そのような事情に鑑みれば、そのような時期において被告には将来施行規則の特別事情を適用して大幅な値下譲渡による譲受人の取得時期による著しい不平等を回避すべく、できるだけ早い段階で、「一律に」施行規則の特別事情を適用して適正割合による減額修正を施した上での譲渡価格での譲渡をなすべき「著しい価格差の回避義務」があったものというべきである。
2 結果回避可能性
(1)本件契約の譲渡時期においては、購入予定者から、不動産価格の下落から多くのキャンセルが出ていた事実があり、かつ、被告としては本件譲渡時期においては、原価主義を維持しては将来大量の売れ残りの出ることは当然予測できたものといえる。
(2)また、同時期において被告は早い時点で、施行規則の特別事情を適用して一律減額により、大量の売れ残りを回避することも当然可能であったものといえる。
3 結果回避義務違反
しかるに被告は、本件譲渡時期において、原告らとの関係で著しい価格格差の発生を回避すべく特別事情に基づく減額修正を施すことなく、原価主義に基づく価格で譲渡し、他方で、平成一一年七月一〇日以降、前記大幅な値下げによる価格での譲渡を開始した。
4 違法性
右被告の行為は前記著しい価格格差発生回避義務に違反しもので、原 告らの譲渡価格において平等に扱われるべき権利を侵害したもので、原告らに第一期譲渡価格と第二期譲渡価格の差額相当額の損害を生ぜしめたものである。なお、被告は、第一期譲渡時の原告らの一部による第二期譲渡の際の値下譲渡の有無に関する質問に対し、「公社は民間とは異なり、販売に際しては、原価主義を採用しているので値下げしての販売はできない。」 「公社の規定によると公社の販売物件は一度決定した価格を変えることはできない。」等の説明を再三にわたって行い、被告が決定した価格で譲受することを勧めたもので、これにより原告らに、第二期譲渡時の値下げはないものとの信頼を抱かせて本件契約締結に至らしめた事情もあり、右事情は被告の不法行為の違法性をより一層強めるものである。
一 値下率一部相当額 総額金九億五〇〇〇万円
原告らは前記被告による第二期譲渡により、値下率相当額の損害を求めるものであるが、具体的金額については、被告の主張及び整理を待って改めて特定する予定である。しかし、前述の最小値下率からして、原告らは少なくとも別紙請求債権一覧表の「値下損害一部請求額」欄記載の損害を被っているものといえる。
そこで、原告らは損害金の一部として前記「値下損害一部請求額」欄記載の金員の支払いを請求するものである。
二 弁護士費用総額 金一億九二五万円
1 着手金総額 金一四二五万円
原告らは、本件訴訟の遂行を原告ら訴訟代理人弁護士に依頼し、着手金として別紙請求債権一覧表の「弁護士着手金」欄記載の金員を支払った。
これらは、本件と相当因果関係にある損害といえる。
2 報酬金総額 金九五〇〇万円
原告らは、本件訴訟の遂行を原告ら訴訟代理人弁護士に依頼し、報酬として別紙請求債権一覧表の「弁護士報酬」欄記載の金員(第五、一記載の損害金の一割)を支払うことを約した。これらは、本件と相当因果関係にある損害といえる。
よって原告らは被告に対し、被告の債務不履 行ないしは不法行為に基づく損害賠償金として請求の趣旨記載の金員及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みに至るまで
民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
以 上
追って口頭弁論期日に提出する。
一 訴訟委任状 各一通
二 資格証明書 一通
平成一二年三月三一日
弁護士 齋藤則之
弁護士 秋野卓生
弁護士 有村佳人
弁護士 井口多喜男
弁護士 稲垣隆一
弁護士 中城剛志
弁護士 中島金公三
弁護士 日置雅晴
横浜地方裁判所御中
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